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Idylle

 ドン・ボンゴレの誕生パーティーは盛大に祝われるのが常だった。
 パーティー会場であるボンゴレ総本部・迎賓館のキャパシティーに応じて、招待客は極力限りはするものの、同盟ファミリーをはじめとする様々な関係を網羅してゆけば、どうしても数百人単位の計算になる。
 それらの盛装した人々が美しく飾り立てられた豪奢な迎賓館に集い、若きドン・ボンゴレに祝辞を述べ、ちょっとした余興を披露し、歌い騒ぐ様は、壮観としか呼びようがなかった。
 室内楽団の美しい調べが流れる中、何度、乾杯が交わされたか分からない。
 人前で酔うのはみっともないこととマナーを承知している人々の集まりだから、見苦しく乱れるものはいなかったが、それでも誰もが軽く頬を上気させ、楽しげに笑いさざめいている。
 その中をゆっくりと回遊しながら、綱吉もまた、いい気分に浸っていた。
 自分の誕生日を祝われることはさておき、大切な人々が楽しげにしていることほど喜ばしいことはない。
 儀礼上どうしてもリストに名を連ねなければならなかった招待客もあるが、それはほんの一握りで、綱吉の右腕が厳選に厳選を重ねた顔ぶれは、殆どが綱吉に好意的な人々である。
 そして、誰もが主賓に好意的であるということはその場に一種の連帯感を生み、招待客同士のいさかいも起きず、見苦しくドン・ボンゴレの寵を争うような場面も、全くとはいえなかったものの殆ど生じなかった。
 何もかもが平和で穏やかで、満ち足りている。
 それが今この場限りの錯覚であったとしても、充分だった。
「お疲れではないですか?」
 午後二時から始まったパーティーは、晩餐まで続く長丁場である。
 獄寺がそうそっと声をかけたのは、日没後間もない頃だった。
「平気。いい気分だよ」
 主賓の綱吉は基本的に主会場である大広間にずっといたものの、来賓と会話する時には相手の性別や年齢によっては、至る所にしつらえられた談話用の椅子に腰を下ろすことも多く、別段立ち詰めというわけでもない。
 適度に中庭に出たり、レストルームに行くついでに少しだけ一人になってみたりと、小刻みに休んでもいたから、獄寺が気遣うような疲れはなかった。
「それより皆が楽しそうなのが嬉しいよ。料理もワインも美味しいし」
「俺には招待客全員、十代目のお誕生日を口実に騒いでいるとしか見えませんよ」
「それでいいんだよ。パーティーなんて、どんなに派手にやっても楽しんでもらえなかったら意味がない。違わない?」
「違いませんね」
 綱吉の指摘に獄寺も微笑む。
 正式なパーティーであるだけに、二人も今日は完璧な正装だった。晩餐に合わせて、昼間のディレクターズ・スーツから少し前に着替えた光沢ある艶やかなタキシードは、隣りにドレス姿の女性が不要なほどに二人の雰囲気を華やがせている。
 無論、正装は二人だけでなく、他の守護者(毎年欠席の雲と霧を除く)もだった。
 武闘派の山本と了平は、正装は動きにくいと毎年渋い顔をするものの、背が高く肩幅や胸厚も欧米人に劣らない体格をしているため、本人たちが思うよりは堂々と着こなして女性たちの注目を集めている。
 ただ、やはり二人に似合うのは正装よりも略装であるスーツ姿かな、というのが綱吉の正直な感想だった。
 見るからに活動的な雰囲気を発散している彼らには、あまりにも改まった服装はそぐわない。だが、それでもこの一晩は我慢してもらうしかなかった。
 そして守護者最年少のランボはといえば、まだ若すぎるために、これもまたタキシードが似合わない。きっちり採寸してあるものの、その十代の体の線の細さは、かえってタキシードが大人の服なのだということを強く示してしまっている。
 あと五、六年というところかな、と人波にふわふわと漂いながらも、律儀に女性客ばかりに近づいていっている雷の守護者を眺めやって、綱吉は小さく笑った。
 何のかんの言いながら、あの悪ガキも十五歳の少年である。
 沢田家に居候していた頃は第一次反抗期の真っ只中だったが、今は思春期真っ盛り。早熟なイタリアの少年らしく、小さな紳士ぶって淑女たちに口当たりの良いカクテルをサービスしているのが何とも微笑ましかった。
 そうして雰囲気を楽しんでいるうちに、これまた正装した執事が現れ、晩餐の支度が整ったことを一同に告げる。
 そしてまた人波が、一定の方向を持って動き始めて。
「俺たちも行こうか」
「はい」
 綱吉もまた、獄寺を引き連れて主賓席へと向かった。




 パーティーは楽しいが、やはり少しだけ気疲れする。
 招待客が吟味されていたせいで、他のパーティーに比べれば随分と気は楽だったが、それでも迎賓館を出て夜風を頬に感じた綱吉は、ほっと息をついた。
「お疲れ様でした、十代目」
「うん、君もね」
 宴の後の夜は、いつもより一際静かに感じられる。草むらで虫が小さく、リリ、リリ、と鳴いているのさえ慕わしい。
 庭園のどこかで秋薔薇が咲いているのだろう。淡い甘い香りがほのかに夜風に混じっている。
 ほんのりシャンパンとワインの酔いを感じながら、ゆっくりと二人並んで歩く。こんな夜に言葉は必要ない。
 ただ、どちらからともなく手が伸び、互いの指が絡む。
 夜風に少し冷たくなった手に、互いの体温が優しく、心地良かった。
 そのまま十五分ほどの道のりを、ゆっくりと無言で歩いて。
 静かに主を待っていた館の玄関をくぐり、やわらかく明かりの灯された階段を三階まで昇る。
 そして突き当たり、綱吉の部屋の前で立ち止まった獄寺は、そっと繋いでいた手をほどき、いつもよりもいっそう丁寧な仕草でドアを開けた。
 ───途端。
 溢れかえったみずみずしく甘い香り。
 一歩室内に足を踏み入れて、綱吉は目をみはる。
 室内は薔薇で埋め尽くされていた。
 広い部屋の至る所に大小の花瓶が置かれ、薔薇が生けられている。
 純白、真紅、薄紅、朱赤、アプリコット、クリーム、暗紅、ピンクオレンジ、アッシュピンク、サーモンピンク、ベビーピンク……。
 ありとあらゆる色の薔薇が、それぞれに美しく取り合わせられ、やわらかな照明に照り映えている。
 そして、これほどの薔薇に埋め尽くされているのに、香りはといえば、むせかえるほどではなく甘くすがすがしい。そこまでを計算して花を選択したとしか考えられなかった。
「……君の仕業だね?」
 こんな真似をする人間が他にいるとは、とても考えられない。
 傍らを振り仰ぐと、獄寺は少しばかり照れくささを交えながらも嬉しげに笑った。
「ベタだとは思いましたけど、一度やってみたかったんですよ」
「でもそういうのって、定番は年齢と同じ数の本数じゃないの? これ、二十五×二十五くらいはありそうだよ?」
「だから、やってみたかったんですって。薔薇であなたの部屋を埋め尽くすのを」
 言いながら獄寺は、壁際のマントルピースの傍にある華奢な木象嵌のテーブルへと歩み寄った。
 綱吉もつられるようにそちらへ近づくと、テーブルの上には、また一輪の薔薇が置かれていて。
 長い茎に白いサテンリボンが結ばれたそれを、獄寺は綱吉に向かってうやうやしく差し出した。
「Buon compleanno.」
 ルビーを思わせる真紅の薔薇は、赤い薔薇にありがちな権高さは微塵も感じられず、ただ輝くばかりに美しい。
 そして、それを捧げ持つのは、一部の隙もないタキシードに身を包んだ銀髪碧眼の溜息が出るほどに端正な容姿の青年。
 あまりにも出来過ぎというか、やり過ぎだろうと心の中で溜息をつきながらも、そっとそれを受け取り。
「……馬鹿」
 甘く呟いて、綱吉は獄寺を抱き締めた。
「でも、ありがとう。すごく嬉しい」
 こんなに沢山の薔薇を贈ってどうするつもりなのだとか、薔薇を買わせるために高給を払っているわけじゃないんだとか、突っ込みたいところは幾らでもある。だが、獄寺の気持は充分すぎるほどに伝わってきたから、呆れるよりも嬉しさの方が込み上げてくる。
 薔薇は花色によって、それぞれに花言葉があるが、薔薇としての花言葉は唯一つ、今も昔も『あなたを愛しています』だ。
 綱吉の誕生日のためにと思ったら、十本や二十本の薔薇では到底足りなかったのだろう。
 部屋中を埋め尽くす、美しい薔薇の花。
 これが獄寺の気持ちだ。
 そして、こんな馬鹿な真似をしてしまうくらいに、彼の気持ちは綱吉に向かって溢れている。
 そのことがたまらなく嬉しかった。
 少しだけ腕の力を緩めると、そっと頬に温かな手のひらが添えられ、ゆっくりと唇が重ねられる。
 嬉しい。幸せ。愛してる。
 やわらかなキスに想いがいっぱいに満ち溢れる。
 ゆっくりと離れ、甘い余韻を感じながら、綱吉はそっと手を上げて指先で獄寺の頬を撫でた。
「シャワーは一緒に? それとも別々?」
 その艶めいた問いかけに、獄寺は小さく笑った。
「別々にしておきましょう。今夜は特別、あなたを大事にしたいんです」
「いつも特別大事にしてるくせに」
「今夜はもっと特別です」
「そうなの?」
「はい」
 くすくすと笑いながら綱吉は半歩分、獄寺から離れる。そして、正装姿の恋人を頭のてっぺんからつま先まで眺め、正直言えば脱がせたいんだけどな、と心の中でつぶやいた。
 いつも以上に隙がない格好をしているからこそ、乱してみたいし、乱されてみたい。そんな恋人ならではの醍醐味に対する欲は、綱吉も充分に持ち合わせている。
 けれど、まあ正装はちょっとしたパーティーならいつでもするし、と気分を切り替えた。
 今夜の獄寺は、どうやら演出に凝りたいらしい。それなら主導権を任せるのも、恋人としての義務だろうと思われる。
 ならば、とちょっとだけ先手を打ってみた。
「じゃあ、君が先にどうぞ?」
 シャワーの順番を促すと、案の定、獄寺は一瞬反応に困る顔を見せる。
 やっぱり、と綱吉は微笑んだ。
「どうせまだ何か企んでるんだろ? 俺は後からゆっくりシャワー浴びるから、先にどうぞ?」
 重ねてそう言うと、うー、あーと図星を差されてうなりながらも、獄寺は綱吉を抱いていた手を下ろした。
「……俺、そんなに分かりやすいですか」
「うん。君の考えそうなことなんて、十年も前から分かってるよ」
 それを上回るとんでもないことも沢山しでかしてくれるけど、今夜みたいに、と心の中で付け加えながらうなずく。
 と、獄寺は更に少しだけ複雑な顔になった。
「ええと……それは愛だと思ってもよろしいんでしょうか……?」
「多分、そうなんじゃない?」
 くすくすと笑いながら、綱吉は獄寺のタキシードのカラーを掴んで伸び上がり、唇に軽く口づける。
 そして、胸元をぽんと手のひらで叩いた。
「それじゃ、早く行っておいでよ」
「……はい」
 何となく流れを綱吉に握られて複雑なのだろう。喜ぶべきか、不甲斐なさを嘆くべきなのか、微妙な内心を映したままの笑みでうなずいて、獄寺は素直に寝室にあるバスルームへと向かう。
 その後姿を見送り、これくらいはね、と綱吉は心の中で悪戯っぽく呟いた。
 すべて獄寺任せでも充分に幸せなのだが、時々それでは物足りなくなる。詰まるところ、綱吉も性別は立派に男なのだ。
 恋人を可愛がりたいし、時には主導権を握りたい。
 でもまあ、今夜はこんなところかな、と綾布張りのソファーに腰を下ろす。
 手の中の赤い薔薇は、天井と壁のやわらかな間接照明に照り映えて、宝石のように美しい。
 その一際甘い香りを胸いっぱいに吸い込んで、綱吉は微笑んだ。




 居間が一面の薔薇であるなら、当然、続き間の寝室も薔薇に埋め尽くされていた。
 温かな色の間接照明の中で、どの薔薇も控えめに優しい色をしている。
 明日の朝の光の中で見ると、きっとまた趣(おもむき)が違うのだろうな、と思いながら綱吉はベッドに近づいた。
 案の定と言えば案の定である。
 キングサイズのベッドの上には真紅の薔薇の花びらが振りまかれ、照明はキャンドルの明かりのみ。
 つくづくこの男は頭の使い方を間違っているなあと感心すらしながら、綱吉は待ち構えていた獄寺にぽすんと抱きついた。
「これもやってみたかったんだ? ベッドに花びらにキャンドルの明かり」
「はい」
 嬉しげにうなずいて抱き締めてくる相手に、もう言うべき言葉は何も見つからない。
 本当に馬鹿だ、と心の中で呟きながら顔を上げて、唇を奪う。すぐに獄寺も応じて、熱い舌が唇を割り込み、綱吉の舌に甘く絡んだ。
 やわらかく上顎の裏側を舌先で愛撫されるぞくぞくするような感覚にうっとりと溺れながら、別にいいのに、と綱吉は頭の片隅でぼんやり考える。
 薔薇の花もキャンドルの明かりも、別になくてもいいのだ。
 このキスだけでいい。獄寺さえいれば全ては足りるのに、この恋人は未だにそのことを分かっていない。
 十年余りも前から綱吉に夢中な割には、肝心なところがすっこ抜けているのだ。
 でも、そんな馬鹿なところさえ愛しい、と綱吉はキスを返す。
 分かってないのなら分かってないでいい、何百回、何千回でも、君だけでいいんだと繰り返し、言葉にして態度にして示し続けるだけだった。考えるだけでもとてつもなく面倒な話であるが、それだけの覚悟はとうの昔にしている。
「好きだよ、隼人」
 キスの合間にそっと囁くと、はい、と深い喜びに満ちた声が返る。
 それだけでも十分すぎるほどに綱吉は幸せだった。
「愛してます」
 低い囁きと共に、ゆっくりと首筋をキスが伝い下りてゆく。少し早くなり始めた脈を確かめるように、やわらかく肌を食(は)まれて綱吉は小さく喘いだ。
「あ……、ん…っ…」
 肌の上に獄寺の吐息を感じて、スイッチが入ったかのように急に感覚が鋭敏になる。
 指先で細く浮き上がった鎖骨をたどられ、そのまま肩から両腕へと滑り落ちてゆく固い手のひらの感触にすら、甘い鳥肌が立った。
 いつの間にかバスローブの帯は解かれて、上半身は完全にはだけられている。キャンドルの温かな光に照らされた肌を、獄寺の手のひらがゆっくりと這った。
 彼の手の動きは、すべやかな感触を楽しむようでもあり、尊いものを崇めているようでもあり、命より大切なものを愛おしんでいるようでもあり。
 優しく行きつ戻りつする手指に脇腹を触れられて、綱吉の体がびくりと震える。
 それをきっかけのようにして、肌の感覚はいっそう鋭敏になり、獄寺の手がどう動いても甘い電撃のような痺れが体の中心を駆け抜けてゆく。
「あ…ぁ、…っ…はや、と……あっ」
 たまらずに声を上げて恋人の名を呼ぶと、あやすようにやわらかなキスが唇に降ってきた。
 すがるようにそのキスに応えていると、脇腹を這い上がってきた手が胸元に届いて、綱吉は反射的に上半身をのけぞらせる。それでも獄寺はキスを解かず、固い指先が胸元をゆっくりと探った。
 指先でゆるやかに撫で、やわらかく摘み上げる。その動きに合わせるように胸元が固く尖るのを自覚して、かっと綱吉の全身が熱くなった。
 あまりにたやすく反応してしまうことに対する恥ずかしさもある。だが、それ以上にこの先に待ち受けるものへの期待が、全身の血を熱くする。
 獄寺の指が動くたびに、甘い衝動が体内に生まれ、中心へ集まってゆく。胸元への愛撫と連動するように深く舌を絡め取られて、気が遠くなりそうだと息苦しさに喘ぐと、やっと獄寺の唇が離れた。
「綱吉さん……」
 彼もまた呼吸を乱しながら、低く想いのこもった声で綱吉の名を呼び、さらに首筋へ、首筋から胸元へと唇と舌先を這わせてゆく。
 その間にも指先による愛撫は止まず、たまらずに綱吉は甘い声を上げた。
「っあ…! あ…、や……もぅ…っ」
 綱吉の場合、どちらかといえば心臓のある左側の胸元の方が一際感覚が鋭い。それを知っている獄寺は、右側にはそのまま指先での愛撫を続けながら、左側をやわらかく吸い上げ、尖らせた舌先でつつき転がして刺激を与えてくる。
 薄い皮膚は濡れるといっそう感覚が鋭くなる。それを承知しての巧みな愛撫は、頭の中が白くなるほどの快楽を生み出し、綱吉を更に深みへと突き落とした。
 そうしておいて、獄寺は左右の愛撫を入れ替える。今度は指先であっても、十分にそこは濡れており、固く尖った先端をゆっくりと指先で転がすようにされて、綱吉は甘い悲鳴を零しながら背をのけぞらせた。
「も…駄目…っ! もう…そこじゃ、なくて……っ」
 真っ白に痺れるような感覚が、絶え間なく脳裏を灼く。気持ちいい。でも、たまらない。
 愛撫に合わせて知らず腰が浮き上がるほどに、いまだ触れられていない体の中心が疼き始めている。
 胸元への愛撫もこのままだと達ってしまいそうなくらいに気持ちいいけれど、もっと他の場所も触って欲しい。
 もっと気持ちよくなりたい。
 もっと獄寺を感じたい。
 そんな本能的な欲に駆られ、綱吉は胸元を彷徨っている獄寺の手を掴んだ。
「もっ…と……こっち……」
 キャンドルの明かりの中で見上げる獄寺の顔も、はっきりと欲情している。少し癖のある銀の髪は軽く乱れて幾筋かは汗ばんだ額に貼り付き、銀翠色の瞳も鋭さを増して、その姿は獲物を組み敷いた獣そのものだった。
 ただ、その鋭い瞳の奥には、隠し切れない優しさがある。あなたが全てだと訴えるその宝石のような感情を見つめたまま、綱吉は獄寺の手をゆっくりと自分の中心へと導いた。
 既に固く張り詰めている形を確かめさせるように手のひらを触れさせ、背筋を駆け上るぞくぞくするような感覚をこらえながら、更にその下、一番奥の秘められた箇所まで辿り着かせる。
「こっちも……触って……? 今日は、全部、一緒に達きたい……」
 喘ぎながらそうささやくと、ぎゅっと獄寺の目が細められた。
 そして噛み付くような口接けが降ってくる。なめらかな口腔のすべてを食らい尽くすようなキスに、綱吉も同じように応える。
 何もかも愛しくて、気持ちよくてたまらない。
 その想いに応えるように、獄寺の手指がゆっくりと動き始める。既に伝い落ちていた先走りの液を掬い取り、そっと撫でるように入り口で指先を遊ばせる。それだけの動きにも、綱吉の体の深い部分が強く疼いた。
「……今夜は、あなたにうんと気持ちよくなってもらおうと思ってたんですが」
 やわらかな愛撫を施しながらの低くかすれた獄寺の熱っぽいささやきに、やっぱりと綱吉は淡く微笑む。
「一緒じゃないと、ヤだよ……」
 獄寺が分かっていないと思うのは、こういう時だ。時々、彼は張り切りすぎて綱吉を一方的に達かせることに熱中してしまう。
 いつのクリスマスだったか、以前、前戯だけで綱吉ばかりが立て続けに三度達かされて、それからやっと挿入に至ったことがあり、その時は翌朝目覚めてから綱吉もかなり本気で怒った。
 それだけどろどろに溶かされれば、確かに快楽は半端ではない。単に快感の度合いで言うのなら、その時が最高記録だっただろう。なにしろ挿入される頃には、ほとんど意識が飛びかけていた。怒るのが翌朝になったのも、快楽が過ぎて結局は最後まで意識を保てなかったせいだ。
 だが、綱吉がセックスに求めているのは、そんなものではない。単に快楽が欲しくて獄寺を求めているわけではないのである。
 一方的な愛情も、一方的な快感も必要ない。
 ただ愛し合いたい。
 一緒に素晴らしいものを分かち合いたい。
 だから、抱き合うのだ。
 なのに、この恋人はそのことを時々忘れる。おかげで、こんな記念日には先手を打って釘を差してやらねばならない。
 本当に馬鹿だよね、と湧き上がる想いに微笑みながら、目を閉じて優しい愛撫を受け止める。
 でも、そんな馬鹿を時々しでかす恋人でも、やっぱりどうしようもなく愛しいのは、全ては自分に向けられた愛情から生まれるものだと分かるからだった。
 綱吉のことを大切に思いすぎて、時々、物事を考える方程式の組み立てがおかしくなる。それが分かるから、時々本気で腹が立つものの、やっぱり愛おしい。
 そう思いながら、そっと両手を上げて獄寺を抱き締める。
 広い背中のなめし革のような肌は薄く汗ばみ、手のひらに熱を伝えてくる。どこか脈を感じられるところはないかな、と張り詰めた筋肉の感触に手のひらを滑らせると、それに応じるように最奥に獄寺の指が滑り込んでくるのを感じた。
「ん…っ……あ……」
 指先をきちんと濡らしてくれているから、痛みは感じない。
 骨ばって長い指。所々に古い火傷の痕のあるそれを思い浮かべるだけで、ぞくぞくとした快感が背筋を走る。
 それだけでも気持ちいいのに、入り口近くの感じやすい場所を指を出し入れするようにやわらかく刺激されて、更なる甘さが全身へと散ってゆく。骨っぽい関節が軽く引っかかる感じが、たまらない。
「気持ちいいですか……?」
「うん……もっと、奥…まで……」
 甘い問いかけにかすれた声で答え、更なる愛撫をねだる。
 本当はもっと激しくして欲しい。そうすれば、もっと気持ちよくなれる。けれど、今ここでじわじわと長引かせれば長引かせるほど、後から得られるものは深く、豊かになる。
 そうと分かっているから、目を閉じて緩やかな愛撫に身をゆだねる。
 獄寺も、そんな綱吉の想いを承知しているかのように慎重だった。要望に応えてゆっくりと指を深く沈めたものの、激しくは動かさない。焦らすように感覚を引き出すように、やわらかく熱い内部でそっと指を蠢かせる。
 そのままゆったりと唇を重ね合わせ、なめらかに舌を絡ませ合い、貪り合う。
 綱吉はうっとりとその感覚に溺れ、唇が離れると甘い溜息を零した。
 獄寺の背を抱いていた手をそっと首筋に滑らせると、指先にどくどくと脈打つ獄寺の血潮を感じる。
 ああ彼も興奮して、欲しがっている。そう思うと、またぞくりとした疼きが全身を走った。
 それをきっかけにするように、獄寺の指を受け入れている最奥が熱っぽく疼き始める。やわらかな愛撫に呼び覚まされた感覚が、少しずつもっと強い刺激を求め始める。
 もっと深く。
 もっと熱いものを。
 満たされた時の感覚を思い出したそこが、熱く狂い始める。
 その変化を感じ取ったのか、獄寺が唇を綱吉の首筋に這わせ、鎖骨を甘く食(は)んだ。
「っん……!」
 そのまま少し強く胸元を吸い上げられ、鋭い快感が突き抜ける。反射的に獄寺の指を強く締め付けたのが自分でも分かった。
「は…やと……っ」
 思わず声を上げて、恋人の名を呼ぶ。
 体の感覚が、また一段階切り替わったのが分かる。ここまで積み重ねられた愛撫を受けて、すべての感覚が開放されたかのようにざわめき、貪欲に快楽をすすり上げようと全身がうごめき始めている。
 獄寺の動きは変わらず緩やかでやわらかいのに、触れ合っている箇所全てから、先程までは感じなかったたとえようもない甘さが生まれ、全身に広がってゆく。
 こうなってしまったら、もう止まれないし、止まらない。何をされても、今のこの体は快感と受け止める。そのことを綱吉自身も知っている。
 だが、欲しいものは一つだけ。
 たった一人だけだ。
「も……欲し…っ…」
 満たされたい、と衝動の込み上げるままにかすれて上ずった声で呟きながら、綱吉は獄寺の背を抱いていた手を下方へ滑らせた。
 細い手指が筋肉の浮き上がる脇腹を掠めると、獄寺もまたびくりと体を震わせる。だが抵抗は何もなく、綱吉の手は大きく張り詰めた中心に届いた。
 先走りの液が、ぬるりと手のひらを濡らす。その感触に熱い息をつきながら、綱吉はゆっくりと表面を包み込むように手のひらを滑らせた。
「…っ、綱吉、さん……!」
 なめらかに手指を上下させると、獄寺もまたかすかに体を震わせ、熱い息をつく。綱吉の手の中のものが、いっそう力を増すのが感じられたが、綱吉は愛撫の動きを止めない。
 五秒後、獄寺は小さく呻き、我慢の限界とばかりに綱吉の内部から指を引き抜いた。それを合図に綱吉も、獄寺の中心から手を離す。
 そして二人は、深い口接けを交わした。互いを抱き締め、愛しい相手を可能な限り貪る。
 深く舌を絡め、キスだけでも達けそうなほどに求め合い、愛し合ってから、快楽に張り詰めた体をゆっくりと繋いだ。
「ぅ…あ……、あ…ぁ……」
 熱く圧倒的なものが、疼いてたまらない場所に押し入ってくる。圧迫される苦しさと、それを遥かに上回る感覚に綱吉の全身が痙攣するように震える。
「大…丈夫ですか……?」
「へ…いき……、もっと奥まで……っ」
 全て繋がりたくて、綱吉は催促するように獄寺の腕に爪を立てた。
 もっと満たされたかった。隅々まで獄寺に満たされたい。一つになりたくてたまらない。
 その想いに応えるように、ゆっくりと熱いものが奥へ侵入してくる。
 そうして一番奥にまで獄寺を感じた時、綱吉は軽く達していた。
 吐精を伴う本当の絶頂ではないが、獄寺を受け入れた場所は浅く痙攣するようにひくつき、思考は真っ白に痺れかけている。
「…ふ、…ぁ……少し、動か…ない、で……」
 切れ切れの声でかろうじてそう訴え、全身を苛む甘い痺れにぐったりと目を閉じると、様子を察したのだろう、獄寺の優しいキスが頬や目元に落とされた。
「綱吉さんの中、すごいですよ……。こうしてるだけで、達っちまいそうに気持ちいいです」
 熱に浮かされたような囁きを耳元に落とされて、ただでさえ過敏になっている体にぞくりと更なる疼きが走る。
「馬…鹿……っ」
 たまらずに霞む目を開いて、睨みつけたが、馬鹿な恋人は端正な顔に嫌になるほど艶めいた微笑を浮かべただけで、またキスを仕掛けてくる。同時に、また胸元に指先を滑らされて、びくりと綱吉の体が震えた。
 そんな風にされたら、また感じてしまう。衝動をこらえきれずに体の奥深くにあるものをきつく締め付けると、今度は獄寺が呻いた。
「もう、動いても……?」
 まだ一度も熱を吐き出していないのは、互いに同じだ。限界が近いのは互いに分かっている。
 だから、綱吉もうなずいた。
「一緒…に……気持ち、よく…なろう……?」
 どうしても伝えたかったそれだけを言葉にすると、切羽詰った色を見せていた獄寺の表情がふっと緩む。
 そして獄寺は、今度はうんと優しく綱吉の唇をついばんだ。
「……はい」
 状況に似つかわしくないほど優しい、誠実な声に、綱吉も微笑む。
 溢れ出す愛おしさのままに、ゆっくりと二人の体が動き始める。途端に綱吉の体の深い部分で甘い快楽がはじけた。
 生まれては瞬く間にはじけるシャボン玉のように、獄寺が動くたびにたまらないほどの歓びが生まれる。
「っあ、あ…っ……あ…ぁ…!」
 引くような動きで過敏な箇所を擦られる感覚、奥にある感覚の塊のような箇所を突かれる感覚。どんな動きもどうしようもなく気持ち良かった。
 擦れ合う箇所から生まれる全身の神経が白く灼きつくような感覚があまりにも強過ぎて、わななく唇からすすり泣きが零れてゆく。
「は…やと……っ、隼人…っ…」
 細い首をのけぞらせながら、甘く引きつった声で繰り返し恋人の名を呼ぶ。
 獄寺の動きに合わせて自然に腰が揺れ、繋がり合う箇所が濡れた音を立てるのも快感を煽ることにしかならなかった。
「気…持ち、いい…っ…そこ…っ……あ」
 獄寺の熱の先端に突かれる度に、目の裏に星が散るほどに感じる場所がある。堅く目を閉じたままその感覚を受け止めがら、綱吉はくらりと世界が回るのを感じた。
 と、タイミングを見計らったかのように獄寺の動きが浅く緩くなる。
「あ……」
 なに、と目を見開く。視線を彷徨わせると、すぐに獄寺の銀翠色の瞳と目が合った。そして、唇を重ねられる。
 そんなキスを交わしながらのゆるやかな動きにも、気持ち良さがないわけではない。でも、決定的に足りないものがある。
「……隼人…っ」
 つい先程まで満たされいた深い部分にどうにもならない疼きを覚えて、綱吉は獄寺の肩に爪を立てた。
 だが、獄寺はすぐには動かない。宥めるように、あるいは焦らすように綱吉の首筋から肩を撫で、胸元に口接けを落とす。
 その感覚に、たまらず綱吉は上半身をのけぞらせた。
「や…だ……ねえ…っ」
 甘くすすり泣くような声で、先をねだる。そして半ば本能に任せて、獄寺の熱を締め付けた。
 もっと動いて欲しい。気持ちよくして達かせて欲しい。
 そんな欲が、体の芯から急速に広がる。
 そして、焦れるあまり全身がかすかに震え出した頃、熱を帯びた瞳で綱吉を見つめていた獄寺が、ふっと微笑んだ。
「愛してます、綱吉さん……」
 甘く囁かれ、しかし綱吉は、答えになってない!、と獄寺の背に思い切り爪を立てる。するとさすがに痛かったのか、獄寺は苦笑した。
「焦らしてすみません」
 そう一言詫びて、ぐっと奥まで突き上げる。途端に鋭い快感が押し寄せて、綱吉は甘い悲鳴を上げた。
「ひ、あ…あぁ……っ!」
 焦らされた挙句に、激しく揺さぶられてはもう成す術がない。もう何も考えられずにすすり泣きながら、シーツと獄寺の背に爪を立てる。
「綱吉さん…っ」
 繰り返し、愛してますと告げる獄寺の声ももう遠く、言葉にならない喘ぎをとめどなく零しながら、溺れる人のようにただ獄寺にすがりついた。
 何度も何度も、獄寺は知り尽くした動きで綱吉の中を擦り上げ、たまらなく感じる場所を突き上げる。
「も…ぅ駄目…っ、だ、め……っ…!」
 これ以上されたらおかしくなる、と真っ白になった綱吉の思考の中で、何かが本能的に怯えて訴える。
 だが、獄寺はもう容赦してくれなかった。
 どろどろに熔けた柔襞を力強い動きでいっそう激しく責め立てる。
「や…あっ、ああああぁ……っ!」
 そのまま一気に高みに押し上げられ、綱吉は全身の血液が沸騰するような絶頂感に高い悲鳴を上げた。
 一瞬遅れて獄寺の熱い迸りが内に広がるのを感じて、その感覚にたまらず全身をわななかせながら、細くすすり泣く。
 爆発的な感覚はすぐに過ぎていったものの、全身の細胞を震わせた余韻は長く尾を引き、指一本さえも動かせない状態でただ互いの荒い呼吸を聞いているうちに、わずかずつながらも鼓動が落ち着いてくる。
 少しずつ感覚が戻ってきた綱吉はゆっくりと気だるい目を開け、視線を彷徨わせた。
 まず目に入ったのは、乱れ散った銀の髪。そこから続くうなじ。
 ぼんやりと少しだけ考え、それならと、そっと頭を動かすと、思った通りに頬が獄寺の頬に触れた。
 それに反応して、獄寺も顔を上げる。
 目と目が合い、乱れて額に張り付いた前髪を優しくかき上げられ、優しいキスを額、目元、鼻、頬、そして唇に落とされる。その感覚がとても幸せで、綱吉は深く息をつきながら目を閉じた。
 だが、耳朶をやわらかく食まれて、思わずびくりと震えが走る。達したばかりの体はひどく敏感で、まだ全身の神経はぴりぴりとさざめいているのに、そんな悪戯をされたら反応せずにはいられない。
「は、やと……?」
 目を開け、問うように名を呼ぶと、獄寺は、未だ獣の鋭さを残した瞳で小さく微笑んだ。
 そして、ゆっくりと綱吉の背中を撫でながら、体の向きを変えるように促してくる。
 意図が分かるような分からないような、綱吉が戸惑いつつもそれに従い体を反転させると、今度はうなじに口接けを落とされた。
「……腰を上げてもらえますか」
 低い囁きに、今度こそ間違いなく綱吉は獄寺の意図を悟る。
 だが、ある意味、今夜はまだ一度ずつしか達していないのだから、当然といえば当然だった。加えて獄寺は、今夜は綱吉をうんと気持ちよくさせる気満々だったのである。
 そして綱吉はといえば、たった今、激しく昇り詰めたばかりとはいえ、所詮一度であるから、やはり余力はあった。
 そんな、余韻にまだ全身の神経がさざめいているような状態で、艶めいた要求をされれば自然に体が疼き始める。
 言われるままに身動きして膝に力を込め、腰を高く上げれば、自分がどんな格好をしているのか、想像するだけでも恥ずかしさに体の奥が震え、疼いた。
「隼人…っ…」
 どうせなら一秒でも早く、理性を失わせて欲しいと喘ぐように名前を呼ぶ。
 獄寺とは数え切れないほどに抱き合ってきたが、幾つか、未だにどうにも恥ずかしい格好というものがある。この体位も、そのうちの一つだった。
 繋がってしまえば、どうということはない。気持ちいいばかりで恥ずかしさなど忘れてしまうが、その前だけはたまらないのだ。
 だが、獄寺はそのことについて深く考えるだけの余裕はくれなかった。
 肌が敏感になっているのに加え、羞恥から来る緊張もある。神経の張り詰めた背筋に獄寺の指先が触れた途端、びくびくと大げさなほどに体が跳ね上がった。
「っあ、あ、っ…あぁ……!」
 繰り返し背筋を撫でられ、感じるものの鋭さに、思わずまなじりに涙がにじむ。
 もっと気持ち良くなりたい。もっと気持ち良くして欲しい。そんな込み上げる欲望に全身の神経が灼かれる一方で、恥ずかしさに息が詰まる。相反する二つの強い感情に翻弄されて、綱吉はいつになく激しい混乱に陥った。 
「綱吉さん、もう少し力を抜いて……」
「無理っ…!」
 自分で止めようと思って止まるものではない。過敏すぎる反応に困惑したような獄寺の声も一刀両断に切り捨てて、余裕を失った綱吉はがくがくと全身を震わせる。
 と、背中越しに苦笑するような気配がして。
「───あ…っ!」
 するりと獄寺の手が、半ば反応しかけていた綱吉の中心を包んだ。
 温かな手のひらに押し包まれ、やわやわと刺激されて、緊張しきった肌を愛撫されるのとはまた違う感覚に綱吉はきつく目を閉じる。
 思い返してみれば、今夜はまだ中心には殆ど触れられていなかった。先程も、ほぼ後ろへだけの刺激で達したのである。
 それだけに獄寺の手指の感覚は鮮烈だった。惑乱した頭の中が一気に痺れ、甘い喘ぎが薄く開いた口元からとめどなく零れ始める。
 たまらずに手をぎゅっと口元に引き寄せると、冷たい金属の感触が頬に触れた。
「あ……」
 見るまでもなく、それが左手の薬指に嵌めた指輪だと混乱した思考でも気付く。気付いて綱吉は、大切なことを思い出した。
 今、自分に触れているのは、ちょうど五年前にこの指輪をくれた相手、自分が指輪を贈った相手だ。
 世界の誰よりも愛する相手に心ゆくまで愛される。それ以上の幸せなど有り得ない。伴侶に等しい恋人だからこそ、互いの全てをさらけ出し、体を繋ぐことに喜びが生まれる。
 ましてや、獄寺は何一つ強制も無理強いもしない。いつでも綱吉を満たし、二人で素晴らしいものを分かち合うためだけに、この体に触れてくれている。
 けれど、今のこの状態は。
 今日は二人にとって大切な日なのに、少なくとも、獄寺はとても大切な日にしてくれようとしているのに、肝心なことを忘れている。
 綱吉だけではなく、獄寺も。
 愛し合う二人のために、とてもとても大切なことを。
「…ぁ……隼人…っ…」
 中心を甘く愛撫される感覚に溺れながら、綱吉は恋人を呼ぶ。
「何ですか?」
「俺も……君に、触りたい……。この格好は……ずるい、よ…」
 この格好は、自分ばかりが愛される体位だ。獄寺の顔も見えなければ、抱き締めることもできない。だから、恥ずかしいし物足りない。
 今夜、一番最初に全部一緒に達きたいと告げたように、自分は愛し合いたいのであって、一方的に愛されたいわけではない。
 そう気付いて訴えると、綱吉の想いが伝わったのか、獄寺の手の動きが止まった。
「──それじゃあ…」
 少しだけ考えるような間があってから、獄寺の手が中心から離れて行き、代わりに肩に触れて体の向きを戻すように促される。
 素直にそれに従うと、力強い腕に抱き起こされ、ぎゅっと胸に抱き締められた。
 汗に濡れた肌が重なり合う感覚に、綱吉はほうっと息をつく。そして、自分も獄寺の背中にぎゅっと腕を回した。
「……やっぱり、こっちの方がいい……」
「はい……」
 優しく応じてくれる声が嬉しくて、頬を摺り寄せる。すると、小さく含み笑う気配がして、獄寺の手がゆっくりと綱吉の背中を撫で下ろした。
 脊椎のくぼみをゆっくりと腰までたどり、そこから更に下へと滑り落ちてゆく。その刺激にまた体は震えはしたものの、先程までのような緊張に根差した強烈過ぎる感覚ではない。
 向かい合う形で抱き締められた、それだけで落ち着くものが綱吉の中にある。
 その感覚を甘く確かめるように目を閉じた後、綱吉はもう一度目を開いて、ベッドの上で抱き合うように座り込んだ形の互いの体の位置を確認し、少しだけ自分の体を横にずらした。
 そして、二人の体の間で無防備にさらけ出された獄寺の中心に、そっと手を触れる。途端に獄寺が息を詰めるのを感じ、小さく微笑むと、報復のように綱吉の最奥に獄寺の指先が滑り込んできた。
「ず…るい、よ……」
「ずるくないですよ」
 そんな言葉を交わしながら、やわらかなキスを繰り返し、互いへの愛撫をゆっくりと深めてゆく。
 高まってゆく自分の鼓動とシンクロするように、手の中で獄寺の熱も高まってゆく。ゆっくりと全体を撫で回しながら、挿入では刺激を受けない分、敏感な雁首の裏側をそっと指先で撫でさすると、また報復のように獄寺の指に深い部分を探られて、思わず息が詰まった。
「も、う……」
 潤んでいると自分でも分かる目で睨んだが、獄寺は小さく笑って悪びれない。
「お互い様、でしょう」
 そう言い返す獄寺の指も、綱吉の悪戯によって時折、びくりと動きが止まる。確かにお互い様だった。
 そんな戯れるような愛撫を交わしているうちに、またどうにもならない熱が体の奥から込み上げてくるのを綱吉は感じる。
 それを少しでも散らそうと喘ぐような吐息を細く零し、そっとまなざしを上げると、こちらを見つめていた獄寺の瞳にも、同じ色が揺らめいていた。
「隼、人……」
 その色を見つめたまま、思わず名を呼ぶと、それは思いがけないほどに甘い声になった。
 その甘い響きに獄寺は小さく微笑み、綱吉の顎に優しく手を添えて唇を重ねる。
 目を閉じてキスを受け止めるのとほぼ同時に、綱吉は最奥から指を引き抜かれるのを感じた。
 ならば、と綱吉も獄寺の熱から手を離して、首筋に手を回す。
 そして二人は深いキスを交わしながら、ゆっくりとベッドに沈み込んだ。
「──入れるのは、別に後ろからでもいいよ……?」
 仰向けで獄寺を受け入れる形を取りながら、綱吉はそっと囁く。一方的に愛撫を受けさせられるのが嫌なだけで、単に繋がる形としては後背位そのものに強い抵抗があるわけではない。
 だが、獄寺は、いいえ、と否定して綱吉の唇に軽くキスをした。
「俺もこっちの方が好きです。あなたの顔が見えますし。ただ、二回とも同じ体位じゃあれかなと思っただけで」
「……馬鹿」
 また余計なことに気を回して、と呆れながらも、罵倒する声はひどく甘い。
 何のかんの言いながら、獄寺のこういう馬鹿げた部分まで綱吉は愛していたから、両腕を持ち上げて獄寺を抱き寄せ、口接ける。
 そしてひとしきり甘いキスを交わした後、少しだけ上体を起こした獄寺が低く、入れますね、と囁いた。
 一度目は互いにギリギリの状態だったが、今度はそこまで切羽詰っていない。なめらかに二人の体は繋がり、互いに満たされる感覚は激しさよりも優しさを伝えてくる。
 愛おしい、と思った。
 この繋がり合う感覚も、互いの熱も、触れ合う体温も、吐息も、まなざしも。
 この夜の全てがいとおしい。
「気持ちいい、ね……?」
 獄寺の目を見つめたまま、そうささやくと、獄寺も、はい、と返す。
「愛してます、綱吉さん」
 そして綱吉の左手を持ち上げ、薬指の指輪に一つキスを落としてから、獄寺はゆっくりと動き始めた。
 寄せては返す波のような、ゆったりとした動きは、波間に漂う海の泡となって融け消えてゆくような歓びを綱吉の内から引き出してゆく。
 その心地良い感覚に身をゆだねながら、綱吉は手を上げ、そっと獄寺に触れた。
 獄寺の目を見つめたまま指先で銀色にきらめく髪を梳き、シャープな線を描くこめかみから顎までのラインを伝って、首筋から肩へ、肩から二の腕へと、その形を確かめるように手を這わせる。
「くすぐったいですよ……」
 そんな綱吉の悪戯のような手の動きに獄寺は小さく笑って、手首まで滑り落ちていた綱吉の手に自分の手のひらを合わせ、拘束するように指と指を絡ませる。
 その獄寺の左手の薬指にも、やはり綱吉が贈った指輪が嵌められており、自分の指に感じるほんのり冷たい金属の感触に、綱吉は微笑んだ。
 そして、目を閉じて獄寺の与えてくれる感覚に溺れる。
 ゆったりした動きであっても積み重なれば、潮が満ちてゆくように波が少しずつ大きくなってゆく。
「…ふ……、ぁ…は…やと……っ…」
 深い海底から何かがゆっくりと目覚めるかのように、ほんの数秒までは取り立てて強く感じなかった箇所に、一つ一つ、感覚が灯り始める。それがもっと欲しくて、綱吉は無意識に背筋を逸らし、獄寺の熱をもっと深く呑み込もうと体を開いた。
 獄寺も今度は焦らすことなく、綱吉が求めるものをそのまま与え、捧げる。
「あ…っ、そ…こ……っ…」
 ゆったりしたリズムを少しだけ変え、深い部分を突かれて、綱吉は甘い声を上げた。
 たまらずに指を絡めたままの獄寺の手の甲に爪を立てたが、しかし獄寺はそれ以上、動きを激しくしない。
 二度目はゆっくりと高みへ昇るのだと決めたかのように、とろけた柔襞をやわらかく擦り上げ、時折不意打ちのように過敏な箇所を突き上げる。焦れ始めた綱吉の爪先がシーツを滑り、甘くすがるような嬌声が零れても、そのペースを変えなかった。
「あ…、ね…ぇ……隼人…っ」
 どれほど名前を呼んでも、宥めるような優しいキスが唇や頬、首筋に落とされるばかりで、それ以上のものがもらえない。
 けれど、寄せては返す波のような動きは止まらず、蜜のように甘い感覚が体の奥から溢れ、とめどなく広がってゆく。
 もう一息に追い詰められてしまいたいのに、望むものは、ただひたひたと押し寄せてくる。止めようにも止められない。止めてもらえない。
 骨の隋まで満たされ溶け崩れてゆくような、そのいつになく深く、すみずみまで染み透るような甘さに、こらえきれず綱吉はすすり泣きを零した。
「も……溶け、そう……っ…」
 すがるように獄寺を見上げた目から零れ落ちてゆく涙を、獄寺はそっと唇で受け止め吸い取る。
「溶けて、いいですよ」
「……駄…目っ……」
 何が駄目なのか自分でも分からないまま、獄寺の低い囁きにうわごとのように言い返して、更に体の奥で広がり、膨れ上がってゆく甘い甘い感覚に溺れながらすすり泣く。
 今感じているものは、単に気持ちいいという言葉ではあらわせなかった。
 もっと圧倒的な何か。愛おしくて大切な何か。
 涙に霞む目を見開いて、綱吉は獄寺を見上げる。
「隼人……っ」
 獄寺を見ていたかった。
 この愛おしさをくれる人。
 この甘く、とろけるような歓びをくれる人。
 誰よりも愛しい、大切な恋人。
「綱吉さん…っ」
 獄寺もまた、狂おしいほどの想いを浮かべた瞳で綱吉を見つめていた。
 そのまなざしに、綱吉の体の奥深くに、あるいは心の奥深くに、また新たな光が灯る。
「は…やと…っ、愛…してる……」
 込み上げる想いのままに告げると、その答えは深いキスで返ってきた。
 深く体を繋ぎながらの貪るような深い口接けに、たまらず体の芯がおののく。そして、キスが解かれると同時に綱吉は昇り詰めた。
「────っ……!!」
 全細胞、全神経が真っ白に灼き付くような感覚があまりにも強すぎて、上げたはずの悲鳴さえ声にならない。
 ただ、きつく握り締めた獄寺の手を同じくらいにきつく握り返され、獄寺もまた、ほぼ同時に熱を吐き出したのを、真っ白な感覚の中で朧気に感じた。
「……ぁ…、……」
 全身を貫く甘い余韻に、生まれたての小動物のように体を震わせながら、そのままどれほどの時間が過ぎたのか。獄寺が離れてゆくのを感じて、綱吉はぼんやりと目を開ける。
 そして、すぐ隣りに身を横たえた恋人に追いすがるように、神経が溶けてしまったように感じる手を伸ばし、獄寺にすり寄った。
 すぐに体を抱き寄せられ、獄寺の腕の中で小さく溜息をつく。
 それから、今更のように薔薇の香りがする、と思い出した。
 獄寺の肌の匂いに混じって、優しい甘い香りを感じる。そう思いながら目を開くと、ちょうどすぐ目の前に見えた獄寺の二の腕の外側に、赤い花びらが一枚、貼り付いていて。
 そっと手を伸ばし、それを摘み上げると、獄寺がふっと笑った。
「この薔薇、イディールって言うんですよ」
「イディール?」
 イタリア語ではない、と綱吉は反射的に思う。が、すぐに獄寺は答えをくれた。
「フランス語です。意味は、純粋な愛とか理想的な愛」
 優しい声で告げられたその言葉に、綱吉はまばたきし、そして微笑んだ。
 何とも獄寺らしい、分かりやすい選択だった。
 花屋の店頭で見かけたのか、インターネットで調べたのか、その名前を知った瞬間に、今年の綱吉の誕生日に贈るべきなのはこの薔薇以外にないと閃いたのだろう。
「ありがとう、隼人」
 綱吉自身、花は嫌いではないが、薔薇にこだわりがあるわけではないし、銘にも花言葉にも興味はない。
 だが、それでも美しい花に託された獄寺の想いは、何にも変えがたく嬉しかったから、心からの御礼を告げて、獄寺の背に腕を回す。
 そして、そっと囁いた。
「今夜はもう後始末とかいいから、このままでいて。それで、明日の朝、一緒にシャワー浴びよう?」
 心ゆくまで抱き合った後なのだから、下半身を中心に全身がどろどろになっているのは感覚的に分かる。
 けれど、今夜はこのままで良かった。抱き合った後の感触を嫌だと思ったことはないし、何よりも獄寺に離れて欲しくない。
 そう思っての言葉は、ぎゅっと抱き締められる形で答えが返った。
「愛してます、綱吉さん。生まれてきて下さって、俺と出会って下さって本当にありがとうございます」
 その言葉は前夜、日付が変わった直後にも聞いたな、と思いながら綱吉は微笑む。
 だが、何度聞いても嬉しいものは嬉しい。
 誕生日を心から祝ってくれる獄寺の想いが、綱吉にとって一番の贈り物だった。
「うん、ありがとう」
 俺も君と出会えて、本当に嬉しい。
 その囁きは、キャンドルに照らされた夜の中にそっと優しく溶けて消えた。

end.

Idylle = ゲランの2009年秋新作香水より借用。





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