※この作品はR18指定です。18歳未満及び高校生以下の生徒児童の閲覧は、厳しく禁止いたします。
(18歳になっていても生徒児童の身分の場合、多くの都道府県で政令の規制により閲覧は禁止となります。公平を期すために一律、高校生の方は学校を卒業するまで自制して下さるようお願い致します。)
Il fiore 〔花〕
真紅の8Cコンペティツィオーネがなめらかに止まり、その猛々しいエンジン音を消したのは、パレルモの市街地から二十キロほど離れた田園地帯だった。
緩やかな傾斜地の続く風景の中、丘陵はいずれも濃くなりつつある緑と色とりどりの花で彩られている。
それらの丘陵を縫って走る田舎道の端に寄せて止められた車から外へ出た途端、甘い香りが微風と共に押し寄せる。オレンジの花の香りだと、獄寺はすぐに気付いた。
「本当は、もう少し前のアーモンドの花の時期の方が見ごたえがあったと思うんですけど」
「それは仕方ないよ。二月は忙しくて、花見どころじゃなかったし」
少し歩こう、と綱吉は笑って、丘陵地の踏み分け道へと足を踏み入れる。
大地は膝丈くらいの草で覆われ、そして一面の花が咲いている。黄色いキンポウゲ科かと思われる花が一番目立つが、その間には薄紅、濃桃、白、赤、臙脂、菫紫といった艶やかな色合いも混じっていて、まさに天上の花園のような美しさだった。
「屋敷の庭も好きだけど、やっぱり外の方がいいよね」
「はい。俺もこっちの方が断然、好きですよ」
ボンゴレ総本部の広大な庭園は、どちらかというと『自然』であることに重きを置いて手入れがされているため、たとえばフランス庭園のような幾何学性や規則性はない。が、あくまでも塀の中の人工空間であり、どれほど鬱蒼と木立が茂っていても一抹の閉塞感がぬぐえないのだ。
静かで綺麗で、何の危険もない。
咲き誇る花や鳥の声、せせらぎの水音が、執務の合間の安らぎに役立っていないわけではなかったが、それだけでは足りないと綱吉が感じる気持ちは、塀に囲まれた広大な城で生まれ育った獄寺にはよく理解できた。
「葡萄畑とオレンジ畑の間に、こういう自然のままの丘が残ってるってことは、俺の御先祖様も同じことを思ってたのかな? どう思う?」
「はい、きっとそうです。周りは全部農地なのに、ここ一帯だけ手付かずというのは、どう考えても不自然ですから」
手入れされた庭園は美しい。
だが、人の手の入っていない自然の丘も美しい。
どちらを好むかは人それぞれであり、そして歴代のボンゴレ当主はシチリアという島そのものを深く愛してきた。その答えが、この手付かずのままの丘なのだろうと獄寺が告げると、綱吉は笑ってうなずく。
「こういう場所があることに、御先祖様には感謝しないといけないよね」
降り注ぐ午後の日差しに目を細め、曲がりくねった細い踏み分け道を頂上目指して昇る。
さほどの急斜面でもないし、さほど高さのある丘でもない。程なく二人は丘の天辺に辿り着いた。
「風が気持ちいいね」
昼間は後背の山地から、夜は海からの風が届く丘には、いつでも心地よい風が吹いている。
そして目の前に広がるのは、幾つもの丘を連ねて広がる葡萄、オレンジ、オリーブ、アーモンドの果樹園だった。色合いの違う緑がどこまでも輝き、その向こうには遠くパレルモの市街地と地中海が見える。
その美しい風景に、綱吉と獄寺は言葉もなく見惚れた。
丘の一番上にも自生のオレンジが大きく枝を広げ、白い花をいっぱいにつけている。その香りと、足元に咲く濃いピンクのスイートピーの甘い香り、丘を埋め尽くす花の香りが入り混じった丘を吹き渡る風の心地よい甘さに、不意に酔いそうだと獄寺は思う。
ここが自分の故郷なのだと、らしくもなくそんな思いを感じた時、左腕に重みとぬくもりを感じた。
「沢田さん?」
名を呼ぶと、体を寄せてきていた綱吉の右手が、獄寺の左手にそっと触れる。
そして綱吉は、丘の向こうの風景を見つめたまま言った。
「ねえ隼人。俺はね、イタリアに来たことを後悔したことなんて一度もないんだ。今だって……この風景を見るたびに思う。ここに来て良かったって。ここが俺の生きるべき場所なんだって」
「……沢田さん」
綱吉の瞳は、本当に愛しいものを見つめている時の深い色合いに輝いていた。
目に映る全てを抱き込みたいと願っている時の、切ないほどのまなざし。その色を、獄寺は良く知っていた。
ゆっくりと、その瞳のまま綱吉は獄寺を見上げる。
「今ここで、君が一緒で良かった」
「え……?」
思わず獄寺が問うような声を零すと、綱吉は微笑んだ。
「だって、一人でこの風景を見たんだったら、きっと綺麗だと思いながらも、俺は寂しかったと思うから。君と一緒に見たかったと思ったはずだから。……君が居てくれて、良かった」
「────」
獄寺は、咄嗟に声が出なかった。綱吉が今、差し出してくれたのは、それほどに美しい、尊い言葉として獄寺の心の深い部分に響いた。
見つからない言葉の変わりに、繋いでいた手に力を込める。大切な大切な手が痛くならない程度に、優しく包み込むように。
「沢田さん……綱吉さん」
「うん」
下の名前を呼ぶと、綱吉の瞳が嬉しげに細められる。
それが嬉しくて、獄寺は開いている右手を上げ、そっと綱吉の頬に触れた。
「大好きです。愛してます。俺の方こそ、あなたと一緒に居られて本当に嬉しい」
うん、という綱吉の返事は、重ねられた唇の間に消える。
ゆっくりと触れ合って、ただ相手のぬくもりとやわらかさを感じる。それから一旦離れて目を開け、互いを見つめながらついばむようなキスを繰り返し、もう一度目を閉じて深く口接けた。
片手は繋いだまま、もう一方の手で相手を引き寄せ、抱き寄せる。
やわらかく舌を絡み合わせる心地良さも、歯列や顎裏を舌先でなぞられた時のぞくりとするような快感も、何物にも変えがたくて、ひたすらにもっと近くにと相手を望む。
もっともっと近づいて、相手も自分もないくらいに溶け合って───…。
「…っ、ん……」
こらえきれずに零れた綱吉のくぐもった甘い響きを肌越しに感じ、獄寺は今ここでこれ以上は駄目だと身を引いた。
離れる間際に、濡れて腫れぼったくなった下唇に軽く歯を立てたのは、このまま喰らい尽くしてしまいたい衝動を押さえ込んだ、せめてもの意思表示だった。
長い長いキスが終わると、綱吉は脱力と甘えがないまぜになった仕草で獄寺の胸に体重を預けてくる。
頬に当たるふわふわのやわらかな髪を軽くついばみながら、獄寺は細い身体をゆるく抱き締めた。
「……帰りますか?」
「うん」
問いかけると、ためらいのない答えが返ってくる。
それじゃあ、と獄寺は綱吉の背に回していた腕を下ろした。綱吉もまた、顔を上げて獄寺から半歩分、離れる。
それでも繋いだ手だけは、どちらも解こうとはせず、二人は瞳を見交わして小さく微笑んだ。
「行こうか」
「はい」
風の音と鳥のさえずり、羽虫の羽音、一面の甘い花の香り。
雲ひとつない青空と、眩しい日差し。
そんな美しいもので満ちた丘を、手を繋いだままゆっくりと二人は車を停めた場所まで下りていった。
綱吉と守護者の住居は、現在、ボンゴレ総本部内の居住区と呼ばれる区域にある。
執務室等のある本館とは広大な庭園を隔てたそこは、ネオルネッサンス様式の美しい館だった。
色とりどりの蔓薔薇が花開き始めた美しい小道を、道なりに沿って歩いてゆくと、やがて木立の向こうに象牙色の石とクリーム色の石を端整に組み合わせ、煉瓦色の窓枠を持つ瀟洒な館が見えてくる。
総本部の本館に比べれば居住区の館はさほど大きな建物ではなく、三階建で部屋数は合計三十余り。
その三階に綱吉のプライベートルームはあった。
綱吉も守護者たちも過剰に構われるのを好まないために、館の執事や使用人たちは呼びつけた時、あるいは、彼らが主人に用がある時以外は殆ど姿を見せない。
だが、館の手入れはゆきとどいており、南向きの綱吉の私室は午後の日差しが溢れて、真冬のわずかな期間しか使われることのない暖炉の上には、花瓶にいっぱいの薔薇を中心とした庭園の真新しい花が生けられていた。
落ち着いた色彩でまとめられた広い部屋に足を踏み入れ、ドアを閉めると、獄寺はまず窓際に寄った。
全部で十面ある窓のカーテンを全部引いてしまえば、明るかった部屋もほの暗くなる。だが、無粋な遮光カーテンではないため、互いの表情や姿を見るには何の支障もなかった。
「シャワーは?」
「後でいいです」
「うん」
答える時間も惜しいとばかりに、獄寺と綱吉は互いの身体を抱き寄せて唇を重ねる。
別に、欲求が切迫しているわけではない。ただ一分一秒でも離れがたい想いが、二人に腕を伸ばさせた。
幾度か角度を変えて深いキスを繰り返してから、素晴らしく大きな天蓋付きの寝台になだれ込む。
七年前に初めてこの部屋に足を踏み入れた時、こんなベッドでは安眠できないと綱吉は文句を言ったのだが、人間、何にでも慣れてしまうものだ。
ましてや綱吉は睡眠に対する執着が若干強く、枕が変わると眠れないなどということは全くない性質であったため、獄寺が知る限り、この豪奢な寝台が原因で綱吉が不眠に悩まされたことは一度もなかった。
しかし、今この大きな寝台は、眠るための道具ではない。何の屈託もなく触れ合えることの喜びにくすくすと笑い合いながら、二人は互いの衣服に手を伸ばす。
スーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めて床に放り投げ、シャツのボタンを外す。片手で貝ボタンを外しながら、空いている方の手で恋人の肌に触れ、その熱と手触りを感じるのは、人を愛したことのある人間にしか分からない楽しい戯れだった。
「隼人」
もっと触って、もっと触りたいと綱吉の声が呼ぶ。
その綺麗な顔に幾つものついばむようなキスを落とし、また深く唇を重ねる。綱吉の唇は、十年以上も前に初めてキスをした時に比べると何倍も甘い気がする。その甘さがもっと欲しくて、獄寺は更に深く濡れた粘膜を舌で探った。
「っ…ん……ぁ……」
濡れた音に混じって響く、甘くくぐもった声を聞きながら、獄寺はそっと左手を綱吉の首筋に触れさせる。
薄くて敏感な耳の下を優しくくすぐり、しなやかな首の線をたどって鎖骨のくぼみに触れ、綺麗に浮き出た鎖骨の線をなぞり上げてから、更に下へと下ろす。そして辿り着いた胸の中心をやわらかく指の腹で愛撫すると、すぐにそこはきゅっと締まり、小さな果実のように硬く弾力のある粒が立ち上がってくる。
同時にキスの合間に零れる声にも切なげな吐息が混じって、その素直な反応に獄寺は言葉にならない愛しさを覚えた。
今日に限って言うなら数日ぶりの行為だが、これまでに数え切れないほど抱いてきた身体。
互いに知り尽くしているのに、知り尽くしているからこそ、より愛おしい。そんなことがあるなんて、綱吉を愛するまでは知らなかったし、知りえなかった。
「愛してます……」
一旦キスを切り上げて、なめらかな肌に唇と舌を這わせる。すべやかな感触は触れているだけで感動にも似た快感を呼び覚ます。
夢中になって貪っていると、細い指先で髪を梳かれ、首筋から背中を時折爪を立てながら物憂く撫でられて、鋭い快感が電流のように獄寺の背筋を走り抜けた。
顔を上げると、甘い熱に濡れたような濃琥珀の瞳が獄寺を見つめていて、身体の芯がぞくりと震える。
「隼人……」
まなざしばかりでなく、甘く優しい、愛おしさと喜びを滲ませた声に呼ばれて、更に魂が震えなければ嘘だった。
「気持ちいいですか……?」
ゆっくりと胸元をいじる指先を止めないまま問うと、うん、と綱吉はうなずく。その直後に、甘い呻きを零して眉をひそめ、びくりと上半身をのけぞらせた。
「もっと触って……、隼人も気持ち良くなって……?」
もっと愛して欲しい。そして、この身体で快感を得て欲しい。甘い熱に浮かされたような声でそう訴えられて、獄寺は内側の熱がぐっとせり上がるのを感じる。
が、まだ熱はコントロールできる範疇だったから、もう一度優しく綱吉の唇に口接けた。
たっぷりと舌を絡ませてからそっと離れ、いっそう蕩けたようなまなざしになった綱吉にささやく。
「あなたに触ってるだけでも、俺は十分気持ちいいですよ。こうして触れてるだけで……あなたが感じてくれるだけで、達っちまいそうなくらいに」
それは決して誇張ではなかった。
身体を一つに繋いだ時の快楽は何にも変えがたい。鮮烈で、たとえようもなく甘くて、他に何も考えられなくなる。あるいは、綱吉の手や唇で熱に直接触れられた時の快感も、筆舌に尽くしがたい。
だが、ただ触れているだけでも十分すぎるほどに心地良いのは本当だった。
すべやかな肌、甘い声、沢田綱吉という存在の全てが獄寺の感覚を目覚めさせ、煽り、酔わせる。
だから、こうして触れるのも単なる挿入を目的とした前戯ではなかった。触れること、感じること全てが喜びに繋がる。そして、驚くべきことにそれは自分だけの話ではない。こうして腕の中に抱いている最愛の恋人も同じなのだ。
そんな幸せを獄寺は他に知らなかった。そんな幸せを与えてくれる存在を、他に知らなかった。
「愛してます、綱吉さん。本当に心から」
心の底からささやいて、再び愛しくてたまらない肌に口づける。口舌と指とで、赤みを帯びて硬くしこった胸の中心を丁寧に転がし、やわらかくはじいて、摘み上げ、あるいは軽く吸い立てる。
「っあ……隼、人…っ……あ、あぁ…っ…!」
何度もそれを繰り返すうちに、綱吉の腕は獄寺の背中から滑り落ち、ベッドのシーツの上をもがくように彷徨い始める。が、すがるものを求めたのか、綱吉は上半身をのけぞらせながらももう一度手を持ち上げ、獄寺の肩に爪を立てた。
肩に食い込む細い爪の痛みを甘く感じながら、獄寺は愛撫を下の方へと下ろしてゆく。
無防備にさらされた脇腹に唇を這わせ、手のひらで腰骨までを撫で下ろすと、甘く引きつった喘ぎと共にびくびくと腰が跳ね上がった。
「ぁ、や…っ…そこ、弱いって…知って…るくせに……っ」
綱吉は部分的にひどくくすぐったがりで、特に脇腹や背筋のくぼみへの愛撫が度を過ぎると、時折こんな風に文句をつけてくる。が、それも結局のところは、感じすぎてたまらないからだということは分かっていたから、獄寺もあまり気にしてはいない。
少なくとも、とろとろに溶け合ったセックスの後で、弱点への愛撫について文句を言われたことは一度もなかったから、今も遠慮せずに、産毛が小さく鳥肌を立てているそこへゆっくりと手のひらを這わせた。
「あっ、ぅあ…あ……やぁ…っ…!」
それだけで達してしまったかと錯覚するほどに、綱吉は身をこわばらせ、激しく身体を震わせる。
「も……馬鹿っ…!」
すすり泣くような声を上げながらも、まだ罵倒する元気があるのなら大丈夫かなと測りつつ、獄寺はゆっくりと手のひらをしなやかな大腿へと下ろそうとする。が、その手は、綱吉の動きによって遮られた。
「ぅわっ!」
不意打ちで衣服越しに中心の熱を手のひらで抑えられて、反撃を予想していなかった獄寺は思わず驚きの声を上げる。
慌てて目線を上げて見れば、綱吉は目じりに涙を浮かべ、息も絶え絶えという風情ながらも、そのまなざしは拗ねたような強い輝きを滲ませていた。というよりも、実際に肉体的には限界で、気力だけで反撃に出たという表現の方が正しいだろう。
「沢田、さん」
「名前!」
こういう時ぐらい下の名前だけで呼べと強要しつつ、綱吉は震えるような喘ぎを零しながらも、ゆっくりと手指を動かして獄寺の下衣を引き下ろし、直に熱に触れ始める。
その手自体も持ち主の限界を示すようにかすかに震え、力は殆ど入っていなかったから、引き離すのは簡単だったが、そうするには心地良すぎたし、また獄寺は綱吉を愛しすぎていた。
「…っ、綱吉…さん……」
綱吉が自由にしやすいように少しだけ体の位置をずらし、細い体に体重をかけないよう肘で身体を支えて覆い被さるように、そっと唇を重ねる。
キスの間も、獄寺の最も弱い部分を知り尽くしたやわらかな愛撫は止まず、爪の表面でゆっくりと下から上まで裏筋をなぞり上げられて、獄寺は思わず小さな呻きを零した。
「気持ち、いい……?」
不意にそんな風に問われて、まなざしを上げると、こちらを見つめていたらしい綱吉と目が合う。
熱に浮かされたような瞳には、もう先程の拗ねたような光はなく、ひたすらに獄寺を想う色だけが滲んでいる。その色を見た途端、獄寺は微笑んでいた。
「はい。溶けちまいそうなくらい、気持ちいいです」
「……うん」
獄寺の返答に、綱吉も微笑む。そして、今度はどちらからともなく唇を重ねた。
もう一度深くキスしてから、獄寺は、ちょっとだけ待って下さい、と綱吉の手をそっと自分から引き離す。それから身を起こし、半端になっていた服を全て脱ぎ捨て、綱吉の残っていた服も全て取り去る。
「はい、もう何をしてもいいですよ」
そうした上で、そう告げると、綱吉は一瞬驚いたように目をみはり、それから噴き出した。
「君って、時々すごく馬鹿だよね……!」
「はい」
くすくすと笑いながら馬鹿と言われるのは、ひどく耳に心地良かったから、獄寺は真面目に肯定して、綱吉をぎゅっと抱き締める。汗に薄く濡れて熱を帯びた素肌が、ぴったりと重なるのは身体を繋ぐのとはまた違った心地良さで、綱吉もそう感じるのか、細い腕がぎゅっと抱き返してきた。
「……もう、俺たち、すっごく馬鹿みたいじゃん」
「嫌ですか?」
「ううん。馬鹿でいいよ。二人一緒で」
こんな風に昼間から抱き合うのも、愛撫を競い合うのも、うんと馬鹿みたいで、うんと楽しい。
そんな風にまなざしで伝えてくる綱吉に獄寺も全く同感だったから、肯定の返事の代わりに深く口接ける。やわらかな舌が絡み合えば、身体は即、先程までの熱を思い出して、もっと触れたいと自然に手も動き出す。
キスをしながら体勢をずらして横向きに向き合う形になり、綱吉の手が再び自分の熱に伸びてくるのを感じながら、獄寺も綱吉の身体の輪郭をゆっくりと手のひらで辿った。
ほっそりとした脚の線も手が届く限りまで触れ、ゆっくりと上まで戻ってくる。そして、やわらかな繁みをかき分けるようにして熱に触れるか触れないかの指先での微妙な愛撫を繰り返すと、獄寺の熱をやわらかく弄んでいた綱吉の手が震えて止まった。
頃合かと見て、獄寺は微妙な愛撫を続けながら、低くささやきかけた。
「ここから先は、俺に任せてもらってもいいですか……?」
その声にすら綱吉は小さく肩を震わせながら、まなざしを上げて獄寺を見る。深い琥珀色の瞳は熱に潤んで、金褐色の睫もかすかに震え、薄く開かれた唇からは喘ぐような浅い吐息が零れる。
体内でくすぶる熱を持て余したその表情に獄寺がぞくりとするのと同時に、綱吉は小さくうなずいた。
「……キスして…」
吐息交じりの声でねだられて逆らえるわけがない。貪るように深く口接けながら、獄寺はもう一度体勢を入れ替えて綱吉を組み敷く。そして、首筋から胸元へ、更に腹部へと、これまでの愛撫を辿り直すように唇と舌を這わせた。
「っあ…隼、人……っ、……あ、ん…っ…」
過敏になりすぎた肌は、どこに触れても甘い嬌声が上がる。すすり泣くような声を甘く聞きながら、獄寺はすべやかな内股に舌を這わせ、そして綱吉の張り詰めて震えている熱へと口接けた。
「──あぁ…っ!」
濡れて熱くなった粘膜に触れた途端、綱吉は嬌声を上げて大きく身体を震わせる。
その反応を見て、獄寺はどうしようかと数秒だけ迷った。
多分、このまま達かせてやった方が、限界に近い綱吉には少し楽だろう。だが、一度達してしまうと、筋肉が痙攣を起こして収縮してしまうために、その緊張を緩めて体を開くにはある程度の時間がかかる。そして、そうするには獄寺の方の余裕がもうなかった。
すみません、と心の中で謝って、一旦綱吉の熱を離し、代わりに溢れた雫を掬い取って濡らした指を最奥へと滑らせる。
思った通りに、限界近くまで焦らされていたそこは切なげにひくついて、獄寺の指先をやわらかく飲み込んだ。
「きつく、ないですか?」
この状態なら大丈夫だろうと思ったが、それでも確認せずにはいられなくて問いかけると、綱吉は、平気、と小さくうなずく。
「大…丈夫だから……早く、隼人も……」
獄寺の与える愛撫に小さく喘ぎながらの言葉に、獄寺は思わず微笑んだ。
十年近く抱き合ってきたのだから、獄寺が綱吉の限界を知っているのと同じく、綱吉も獄寺の限界を知っている。
互いに差し出せるものを全て差し出し、与え、与えられることの愛おしさと喜びを知っているからこそ、綱吉は一方的に愛撫を受けることを善しともしないし、獄寺に耐えさせることも望まない。
そのことがたまらなく愛おしく獄寺には感じられた。
「俺はもう少し、大丈夫ですから」
全く平気とは言わない。そんな嘘は、自分たちの間には必要ない。だから、正直に獄寺はそう告げて、綱吉の唇にキスを落とし、ゆっくりと綱吉の最奥に触れる指を増やす。
先を急ごうとは思わなかった。早く一つになりたいのは山々だったが、綱吉にはわずかでも辛い思いをさせたくない。できる限り、気持ちよさと喜びだけで繋がりたかった。
「っ…ふ…あ……っん…っ…」
更に指を増やすと、綱吉は耐え切れないというように、のけぞりながら首を横に振る。
その様子を見つめながら挿し入れた指先で深い部分をゆっくりと探り、繰り返しポイントを引っかくように刺激すると、細い腰がびくびくと跳ね上がった。
「あ…や……、もぅ…っ…あっ……」
懸命に見開いた熱で潤んだ瞳ですがるように見つめられて、獄寺も抑えていた熱が一気に猛ってくるのを感じる。
左手の指を深く咥え込んだ柔襞は熱く濡れてひくつき、今からこれに自身が包まれるのだと思うと眩暈すら覚えた。
ゆっくりと指を抜き、その感覚に身体を震わせる綱吉をなだめるように口接けながら、しなやかな脚を大きく押し開いて、最奥に硬く猛った熱を押し当てる。
「綱吉さん……」
熱くなった息を吐き出しながら、狭いそこに少しずつ熱を沈み込ませる。
十分に濡らされていれば挿入の痛みそのものはないと綱吉から聞いてはいるが、それでも狭い場所を押し開かれる衝撃だけは、どうしようもないものであるらしい。ただ、感覚が高まっていれば、その衝撃も快感にすり替わるようだったから、獄寺は押し寄せる目の眩むような欲望の波は無視して、綱吉の反応だけに集中しようと神経を尖らせる。
そうして半ばまで熱を沈めた時、震えるような喘ぎを零していた綱吉がふっと目を開き、獄寺を見つめた。
潤んだ瞳を切なげにまばたかせ、物憂い仕草で右手を上げて、獄寺の頬をそっと撫でる。
「大…丈夫……気持ち、いいから……」
そんなに慎重にしなくても大丈夫だと微笑未満の優しい表情で言われたが、それでも獄寺は急かなかった。綱吉のその手に自分の手を重ね、それから互いの手のひらを合わせるように深く指を絡める。
そして、ゆっくりと時間をかけて、全てを熱くやわらかな場所に埋めた。
「大丈夫ですか……?」
「ん……でも、ちょっとだけ、動かないで……」
汗に濡れた前髪をかき上げてやりながら問うと、綱吉は小さくまばたきして答え、受け入れている感覚に自分を慣らそうとするかのように目を閉じ、喘ぎながらも意図的に深い呼吸を繰り返す。
そうして獄寺がついばむような軽いキスをしながらじっと待つうちに、張り詰めていた綱吉の肩の力が抜け、獄寺の熱を呑み込んでいる箇所も、きつすぎるほどだった締め付けがやわらかく包み込むような感触に変わる。
頃合を悟って、ゆっくりと獄寺が腰を動かすと、綱吉は甘い声を上げて首をのけぞらせた。
まずは感覚を馴染ませ、目覚めさせるように感じやすい浅い部分をやわらかく擦り上げる。互いに何年もの経験をつんでいるのだから、最初からそれなりに激しくすることもできないわけではなかったが、獄寺は身体を繋いでいるうちに少しずつ蕩けてとろとろになってゆく綱吉を見るのが好きだった。
「あ…ぁ……気持ち、いい……」
熱を帯びているものの、まだ与えられる快楽に浸っているだけのような理性の光を残した瞳で、綱吉は獄寺を見上げる。そして、余裕がまだあることの証のように、右手を上げて獄寺の髪をかきやり、そのまま首筋をたどって肩を撫で、ゆっくりと手首まで撫で下ろす。
「ね……、気持ちいい……?」
ゆったりとした獄寺の動きに合わせて、受け入れている柔襞もやわらかく締め付けてくる。それは半ば無意識、半ば意識的に綱吉がやっていることで、獄寺はその感覚を心の底から楽しんだ。
「最高に、気持ちいいですよ」
手練手管の使い方など忘れてしまうくらい蕩けて夢中になった時の綱吉も愛しているが、こんな風に互いに与え合うようなじゃれあうような段階にいる時の綱吉も、ひどく愛おしい。幸せだと、何の裏もなく獄寺は思った。
甘く喘ぐ唇に口接け、首筋に唇を這わせていつもより早い脈を感じ取る。そして鎖骨を甘噛みしてから、赤みを帯びて色づいた胸元を舌先で愛撫すると、びくりとしなやかな身体が跳ね、締め付けがきつくなった。
「あ…ゃ……ねぇ…隼人……っ」
ゆったりとした浅い動きがもどかしくなったのか、綱吉が獄寺の肩に爪を立てる。その求めに獄寺は逆らわなかった。
綱吉の手首を取って肩から外させ、指に口接けてからシーツの上にそっと下ろす。そして上半身を起こした。
「脚をこっちに……そう」
身体を繋いだまま綱吉の左脚を膝が胸につくほどに上げさせ、体勢を入れ替える。ベッドに横になり背中側から抱きしめるようにして、同じように横向きになった綱吉の左脚を自分の腰の上に乗せ、身体が開いた状態で安定させた。
そして繋がりを深くすると、綱吉は小さく喘いで背中を震わせる。うっすらと汗ばんだうなじから背筋へと唇を這わせ、自由になる左手で脇腹から胸までを撫で上げると、その震えはいっそう激しくなった。
「っあ…だ、め……! これ……すごく…っ……あぁ…っ!」
この形だと激しくは動けない代わりに、深い部分を執拗なほど愛することが可能になる。獄寺の方はさほど強い快感を得られる体位でもないのだが、綱吉の方は繋がる角度が変わったことで、感じ方も全く変わったのだろう。先程までとは打って変わって甘く引きつった声で呻きながらシーツに爪を立てる。
獄寺が、溢れ出した先走りに濡れそぼって震えている綱吉の熱に手を触れると、耐えかねたように綱吉は背をのけぞらせたが、それは背後にいる獄寺に身体を押し付けるだけの結果となり、更に甘い苦悶を生んだだけだった。
「は…やと……っ、も……達きそ…っ…!」
目じりに涙を滲ませながら、許しを請うように綱吉が訴える。
中心の熱もとめどなく熱い蜜を零して、獄寺の手指の滑りをよりいっそうなめらかに助けながら、器用な指先が与える愛撫にびくびくと震えている。深く繋がった箇所も、とろけるようなやわらかさできつく絡みつきながら、おののくようにひくついて限界が近いことを獄寺に教えていた。
「達っていいですよ……」
耳元に低く吹き込みながらも、獄寺は綱吉を愛するリズムを変えなかった。ここで下手に追い込むような動きをしたら、自分も果ててしまう。ここまでも十分に気持ち良かったが、この程度で終わらせる気はなかったし、綱吉を一度目の絶頂では絶対にたどり着けない更なる高みへと導きたかった。
規則的な動きは変えず、ただ中心の熱を愛撫する手の動きを、少しだけ強く、速くする。指先で先端の割れ目や、その下のくびれを丁寧になぞり、手指全体で下から上へと包み込むように扱き上げる。
「ぁう…っ、あっ……あぁ…っ!」
一番気持ちよく感じる強さでの巧みな愛撫に、綱吉はすすり泣くような声を上げて昇り詰めた。
汗に濡れたしなやかな身体が激しく震え、投げ出された細い手が力なくシーツを引っかく。嗚咽のように震えている喘ぎを愛おしく聞きながら、獄寺は綱吉をそっと抱き締めた。
「愛してます」
そうささやくと、ん…、というかすかな返事と共に綱吉の腕が動いて、抱き締めている獄寺の手に手が重ねられる。
ぴったりと隙間なく身体を重ねている感覚がひどく心地良くて、一瞬、このまま終わらせてもいいかもしれないという思いが脳裏を横切った。が、それでも綱吉の中で欲望を遂げたいという思いの方が遥かに強くて、獄寺は欲深い自分を詫びるように綱吉のうなじに一つキスを落とした。
それからもう一度、体勢を入れ替えて正常位に戻る。この形だと綱吉の方に負担が大きくなるのだが、どうしても顔を見ていたかったし、綱吉もこちらの方が獄寺を抱き締めることも愛撫することも自由になる上、正面から向き合えることの安心感もあるようで、今もベッドに深く体を預けながら、悦びに蕩けた微笑を獄寺に向けた。
「隼人……」
甘くかすれた声で名を呼ばれ、手を差し伸べられる。誘われるままに、獄寺は唇を重ね甘い喘ぎを自分の中に飲み込む。
「もっともっと、感じて下さい」
「うん……」
獄寺がそう願望を口にすると、綱吉は従順にうなずく。見上げてくる濡れたような濃琥珀色の瞳は、獄寺を何一つ疑ってはいなかった。
獄寺が自分を愛してくれること、更なる悦びの高みに導いてくれること。そこには何の苦痛も屈辱も存在し得ないこと。
何のためらいもなく開かれ、差し出された綱吉の心を感じ取って、獄寺は不意に泣きたいほどの喜びと感動を覚える。
これが愛するということだった。愛されるということだった。
「愛してます、世界中の誰よりも、何よりも……」
全ての想いと魂を込めてささやきながら、再び唇を重ねる。そして、ゆっくりと動き始めた。
今度は初めのように浅く加減する必要もない。一度達した綱吉の内部は熱く、ひどくきついが、その分過敏で、己を蹂躙する獄寺の熱を激しい悦びと共に受け入れる。深い動きで知り尽くした柔襞を貪ると、やわらかな粘膜は痙攣するようにひくついて絡みつき、それはまるで千もの舌に舐めしゃぶられているような快感を獄寺に与えた。
「気持ち、いいですか……?」
綱吉の顔も汗に濡れて上気し、きつく閉じた目じりには涙が滲んでいる。言わずもがなの獄寺の問いかけに、だが、綱吉は細い顎を震わせながら懸命にうなずいた。
「もっ……お、かしく…なりそ……っ……」
うっすらと開かれて獄寺を見上げた目も、またすぐに襲い掛かる快感に閉ざされる。たまらないとばかりに首が横に振られ、のけぞった首がわななく。
「──っあ…っ、ふ、ぁあ……っん…っ」
全ての制御がはじけ飛んだように、甘く蕩けきった悲鳴をとめどもなく上げ続けながら、それでも綱吉は獄寺の手を求めた。
細い手が断末魔を迎えた小動物のように力なく震えながらシーツの上を彷徨い、手探りで獄寺の手を見つけ出す。すぐに獄寺が気付いて、手のひらを合わせて指を絡ませると、綱吉は残されたありったけの力ですがりつくように指に力を込めた。
「は…やと……っ…隼人っ……」
「綱吉、さん……っ」
すすり泣くような声で繰り返し名を呼ばれて、獄寺の胸にもたまらないほどの想いが溢れる。
愛おしかった。大切だった。このまま死んでもいい、いっそこのまま死にたいと思う一方で、綱吉と共に永遠に生きたかった。永遠に、こうして愛しい人を抱いていたかった。
「綱吉さん、愛してます……!」
叫びだしそうな思いのままに、深く繋がる動きが速く、激しさを増す。
そうして高みへと続く最後のドアを開いた時、獄寺が感じたのは真っ白な幸福と、自分を受け入れ包み込む綱吉の存在、ただそれだけだった。
獄寺が簡単に後始末を終えてベッドに戻ると、すぐに綱吉が擦り寄ってくる。
目を閉じたまま、もそもそと肩に頬を寄せてくる物憂い仕草に獄寺は微笑んで、そっとその身体を抱き寄せた。
「すみません、ちょっと加減ができなくて……きつかったでしょう?」
「んーん、平気」
眠いのだろう。綱吉の声は少しぼやけていたが、それでも微笑んでいることは十分に聞き取れた。
「すっごく気持ち良かったし、すっごく満足」
「すっごく、ですか」
「うん」
中学生時代に戻ったような物言いをする綱吉に獄寺も微笑んで、綱吉の額にキスを落とす。
「俺もすっごく気持ち良かったですし、すっごく満足ですよ」
「うん」
綱吉の口調を真似て言うと、綱吉は笑ってうなずく。そして獄寺の肩に頬を寄せて目を閉じた。
「また、こんな風に休みが欲しいね。半日休でも構わないからさ……」
「大丈夫、ちゃんとお休みを取れますよ。俺がスケジュール調整します」
「うん、頼りにしてる」
巨大複合企業体としてのボンゴレは、欧州の企業らしく土日休みで長期バカンスもあるが、その頂点に立つ綱吉の場合は、そんな優雅なことなど言っていられない。代表者にワークシェアリングをする相手がいるはずもなく、ましてやボンゴレには本業の裏家業もある。もちろん綱吉自身もそれなりに息抜きはしているものの、年が明けてからというもの春の盛りまで殆ど働き詰めだった。
そして、綱吉が働いているということは、右腕であり筆頭秘書官でもある獄寺も働いているということであり、二人揃って一日半の休みが取れたのは、スケジュールの調整に調整を重ねた獄寺の努力あってのことだった。
「夕飯までまだ時間がありますから、少し眠って下さい。明日も休みなんですから、のんびりしましょう」
「うん。……あとでピアノ弾いてくれる? 聞きたい」
「幾らでも弾きますよ。明日、一日中でも」
「うん」
微笑んでうなずき、綱吉は安心したように深く息をついて獄寺の腕に体を預ける。
その肩までそっと毛布を引き上げ、綱吉のやわらかな前髪を優しく指で梳いてから、獄寺も目を閉じる。
ドン・ボンゴレの右腕として考えるべきこともやるべきことも沢山あったが、今は愛しい人のぬくもりに包まれて、自分も少しだけ眠ろうと思った。
end.
Primavera〔春〕のそのまんま続き。
タイトルは複数形ではなく単数形。
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