Five-seveN

2.

 リボーンの教え方の特徴は、最初から一切の妥協も手加減もないことである。
 それまで綱吉は拳銃はおろかモデルガンすら手にしたこともなかったのに、弾倉のセットから始まって、その後は一箱百発の弾薬を撃ち尽くすまで徹底的にしごかれ、締めくくりには、オートマチック拳銃には必須となる使用後の分解清掃まできめ細かに手順を教え込まれた。
 その間、獄寺は少し離れたレーンで、黙々と弾薬を消費し続けており、時折リボーンのアドバイスを受ける以外は、殆ど口を開かなかった。
 そうして半日以上に渡る特訓が終わり、地上に出た頃には、秋の初めの日差しは早くも西に傾きかけていて。
「最近、日が短くなってきたね」
「そうですね」
 雑貨屋を出るなり、用があると言って、さっさと姿を消してしまったリボーンに置いていかれてしまった形の綱吉と獄寺は、朝に来た道をゆっくりと逆に辿る。
「お疲れになったでしょう?」
「うん。緊張したから肩も凝ってるし、右手もだるいよ」
 苦笑いしながら正直に答えて、綱吉は軽く右手を握って開くことを繰り返す。
 リボーンの解説によれば、Five-seveNはポリマー樹脂で銃身が作られているため、同サイズの拳銃の中では軽い部類に入るらしい。
 が、それでも弾薬をフル装填すれば重量は800gを超え、それを肩の高さに水平に構えての長時間の射撃は、両手撃ちであってもそれなりに腕にこたえた。
「……でも、思ってたより引金って軽いんだね。驚いた」
「……そうですね」
 ぽつりと呟いた綱吉に、獄寺もうなずく。
「旧共産圏の拳銃なんかだと、なんだこりゃっていうくらいに引金が重いのもありますけど、FN社は実用性を重視してますから、発射時の反動も軽めのやつが多いです。俺がさっき、後半から持ち替えて使ってたブローニング・ハイパワーも、古い設計の割には引金が軽めでしたよ」
「ふぅん」
 アスファルトに長く伸びる影を眺めながら、綱吉はゆっくりと歩く。
 そして、静かに言った。
「獄寺君は……銃は好きじゃないんだと俺、思ってた。でも詳しいね?」
 ニュースで銃乱射事件が報道されるたび、いつも獄寺は顔をしかめていた。あんな風に銃を振り回す奴は馬鹿だ、と口にしたこともある。
 だから、嫌いなのだろうと綱吉は単純に思っていたのだが。
「好きじゃねーです。でも、だからって、この世界に居て知らなくてもいいってことにはなりませんから。一般的に出回ってるモデルは大体、試し撃ちくらいはしたことがあります」
 獄寺は綱吉と同じくらい、静かに答えた。
「俺が銃嫌いなのは、大して理由はありません。単にガキの頃、シャマルの奴が、ダイナマイトで何十人もの敵を派手にぶっ飛ばすのを見て以来、拳銃でちまちま撃つのが馬鹿馬鹿しくなっただけのことで……。もともと射撃の練習も面白くなかったですしね。それきり、やめちまいました。実家を出る半年くらい前のことです」
「……そんな子供の頃から、銃やダイナマイトに触ってたんだ……?」
「家業が家業でしたから」
 そう言い、ふと獄寺は遠い日を思い出すような目になる。
「あと……父親が銃器好きだったのも、俺が銃嫌いになった原因の一つかもしれません。あのクソ親父は、城に来た客にもよく自分のコレクションを自慢してましたし、とっ捕まえた敵ファミリーの奴を銃で脅すのも好きでしたから」
 遠く離れて暮らす父親のことを、やや苦い口調で語った後、獄寺は思いを振り切るように軽く頭を振った。
「俺が思うに、結局、銃は簡単すぎるんです。ガキでも馬鹿でも引金を引けば、人を殺せちまう。日常生活の中にだって凶器になるものは幾らでも転がってますが、銃や軍用ナイフは、最初から人を殺すためだけに作られた道具です。そこいらの素人が手にしていいものじゃありません。
 だから、この国が銃やナイフを法律で規制してるのは正しいことだと思いますし、ボンゴレが他ファミリーの武器取引に規制をかけてるのも間違ってねえと俺は思ってるんです」
「獄寺君……」
 綱吉が思わず名前を呟くと、獄寺ははっと我に返った顔になる。
「す、すみません。余計なことを言っちまって……。これは俺の考えですから気にしないで下さい。十代目は十代目のお考えで進んで下されば、俺は必ずそれに従いますから」
「──うん」
 慌てて釈明する獄寺に、綱吉はほのかに微笑む。そして、でも、と言った。
「俺も君の意見に賛成。今日、初めて撃ってみて分かった。君の言う通り、簡単すぎるよ。あんなにも銃の引金が軽いなんて、俺、知らなかった」
 銃の撃ち方の基礎を教えながら、リボーンは人間の急所についても語った。
 曰く、小口径の拳銃の人体破壊力などたかが知れていて、たとえ顔面に命中したとしても、敵を殺せるとは限らないのだと。
 生命活動を司る脳幹、心臓、そして大動脈や肺動脈を傷付けない限り即死はありえず、あとはせいぜいが失血死、あるいは外傷性のショック死を期待するしかないのだと。
 だが、逆に言えば、それらの条件さえ整えば、小口径の拳銃でも人を殺すことは可能なのだと告げた。
 ましてや、それが小口径の拳銃ではなく、大口径の、あるいはもっと実戦的な自動小銃やアサルトライフル、機関銃の類であったなら。
 大量殺人など、ほんの数分の間に犯すことができる。
 そんな銃の持つ怖さを知れ、とリボーンは言った。知らずに恐れるのではなく、知って恐れろと。その脅威を回避する方法を学べ、と。
 日本で平和に生きてゆくのなら、そんな知識や技術は一生不要だっただろう。だが、綱吉はそうではない道を選んだ。
 だったら、それらも受け入れるしかない。受け入れて向き合い、どう対処するか自分なりに考えるしかないのだ。
「獄寺君」
「はい」
「獄寺君は今、ボンゴレの色んな資料を見てるんだよね? その中に……業界用語だと何て言うのかな、武器の取引に関するものはある?」
「あります」
 綱吉の問いかけに獄寺は即答した。
「じゃあ、それ、見せてくれる? 俺に理解できる範囲だけで構わないから、ボンゴレが何をしてるのか教えて欲しいんだ」
「はい。それじゃあ、うちに来てもらってもいいですか? 預かってる資料は俺の部屋で保管してますから」
「うん」
 綱吉の言葉に迷いはなく、答える獄寺の声にも淀みはない。
 だが、その裏に何が秘められているのかは、綱吉には痛いほど分かっていた。
 そして、そんな綱吉の思いをも獄寺が理解していることさえも。
「……こういうのも、共犯って言うのかな」
 小さな小さな声で呟いた言葉は、偶然なのかそうでないのか、車道を通り過ぎていった自動車のエンジン音にかき消される。
 え?、と問い返すように獄寺は綱吉を見たが、綱吉は微笑んで、ただの独り言だとかぶりを振った。




「で、こっちのグラフは?」
「ボンゴレの支配下にあるマーケットを通過した、地域別の取引量の推移統計です。棒グラフの赤が金額、折れ線グラフの青が小型火器の数量、緑が大型火器の数量を表してます」
「ふぅん。……全体的に増えてるんだ?」
「増えてますね。近年はどこの国家や組織も、保守傾向が強くなったり国粋主義化する傾向がありますから、どうしても需要が増えます。右派が強くなれば、反発する勢力も強くなる。結局、どっちも武器を欲しがるんですよ」
 綱吉の要望に応じて獄寺が広げて見せた資料は、段ボール箱一つ分あった。
 それらは当然、イタリア語主体で記述されており、日用会話や新聞、雑誌程度なら難なくこなせるようになっている綱吉であっても、専門的な単語が多いために容易には解読できない。
 自然、獄寺の翻訳と説明を聞きながら、視覚的に理解しやすいグラフや図表を中心に見てゆく形になった。
「……でも、このグラフ、何か変な感じがする」
「どんな風にですか?」
「俺、商売って良く分からないんだけど、普通、取引の品物が増えたら金額も増えるものじゃないの? でも、このグラフ、折れ線は右肩上がりなのに、棒グラフの金額は横ばい……だよね? 武器って最近、安くなってるの?」
「ああ、さすが、よく気付かれましたね。勿論、からくりがあります」
 これです、と獄寺は2冊のファイルを取り上げて、それぞれのページを開いて並べた。
「これは、同じ相手にほぼ同額で取引をした時の商品の明細です。こっちは昨年、そっちが三年前です。違いが分かりますか?」
 A4サイズの表にぎっしりと、おそらくは銃火器の型番と単価、そして個数と金額が明示されている。見ただけでくらくらするようなそれを、綱吉は眉をしかめて、じっと見比べた。
「……高いものが減って、安いものが増えてる?」
「はい」
 綱吉の答えにうなずいて、獄寺は一つの項目を指差した。
「これと……こっちのファイルのこれの違いは、正規品かコピー商品かの違いです」
「正規品と……コピー?」
「ええ。単純に言うと正規品は、武器商としてメーカーから仕入れたものと、軍や警察からの横流し品の2種類があります。コピー商品は、密造品です」
「……武器の密造までしてるの?」
「いいえ。この取引はボンゴレの直取引ではなく、同盟ファミリーの取引です。ボンゴレは武器の密造は認めませんし、非正規品を進んで取り扱うこともしません。同盟ファミリーも大概、それに倣(なら)ってます。
 ただ、取引上、質より量を求められることがどうしてもあって、これもそういう例の一つです。密造品の仕入ルートも、一応は分かってます」
「……そう」
 今ひとつ飲み込めない顔で、綱吉はうなずく。
 獄寺の言っていることの理屈は分かる。綱吉に何かを説明する時、獄寺は専門用語を極力使わず、一般人にも理解しやすい言葉を選んでくれるし、綱吉が理解しているかどうかを確かめながら話を進めてくれるから、今もそういった意味での理解不能はない。
 だが、綱吉の感覚からすると、あまりにも現実離れしているようで、話の内容が日常から遠過ぎた。
 まるで外国映画の解説でも聞いているようだと思いながら、それでも疑問に感じたことを重ねて尋ねる。
「ボンゴレはどうして密造品を嫌ってるんだろ?」
「それは簡単な理由ですよ。質が悪いからです」
 またもや獄寺は即答した。
「拳銃の質が悪いと、どんなことが起こると思いますか?」
「うーん……」
 問われて、綱吉は考え込む。
 先程もそうだったが、こうして獄寺が問いに直接答えず、逆に問いかけてくるのは、その方が結果的に理解が早まるからだった。
 単に説明を聞くだけより、自分で考えながら教わる方が、遥かに効率がいい。そんな学習メカニズムはとうに承知していたから、綱吉は真面目に考える。
「きちんと動かない、とか? 引金を引いても弾が出ないとか……」
「正解です」
 獄寺は大きくうなずいた。
「今おっしゃった動作不良の他に、耐久性の問題もあります。質の悪い材料を使えば、その分、その武器の寿命は短くなりますし、事故も起きやすくなります。でも、その代わり、安いんです」
「買う方は当然、安い方が嬉しいよね」
「ええ。結局、マフィアから武器を仕入れる連中っていうのは、正規の軍や司法組織じゃないんですよ。非合法の犯罪組織やテロリストや反政府組織や……。まともなところから買えないから、マフィアから買うんです。自然、質よりも量を重視します」
「壊れやすいって分かってても、安いことが大事?」
「はい」
 そうして、すこしばかり獄寺は表情を苦くする。
「安い密造武器を買って、ろくなメンテナンスもせずに使う。当然、事故は多発します。ボンゴレはそういう悪循環を嫌うんです。人殺しの道具にいいも悪いもありませんが、それでも質の悪い商品を扱って、その商品が原因で客が事故を起こすのは、商売の仁義に反すると考えているんです」
「……だから、取引を規制してるんだ?」
「そうです。マフィアと言ってもボンゴレは少し特殊なファミリーです。普通のファミリーは、自分たちが儲かるのならどんな粗悪品だって平気で扱います。武器を持つべきじゃない人間……素人にも、幾らでも売りつけます。でも、ボンゴレはそんな真似はしません。取引相手は良くも悪くも玄人だけです。
 九代目は、本当は武器そのものを扱いたくないとお考えです。けれど巨大なマーケットを持っていなければ、非正規な武器売買の統制はできない。だから、敢えて非合法取引を維持して、イタリアの市場全体に睨みを利かせてるんです。他の麻薬なんかの非合法品も、ボンゴレが敢えて取り扱っている理屈は一緒です」
「……そういうこと、なんだ……」
 獄寺の説明は、すんなりと綱吉の内に落ちた。
 納得したのとは少し違う。どういう理由にせよ、それは犯罪行為であり、取引をすること自体が間違っていると思う。
 だが、そうせざるを得ないのだ。ボンゴレだけでなく、もっと沢山の人々のためには。
「結局……ボンゴレが売らなくても、武器を欲しがっている人たちは、絶対にどこからか武器を買う。それなら、っていうことなんだね」
「はい。非合法品の売買は金になりますが、だからといってボンゴレは、喜んで非合法品の取引をしてるわけじゃありません。全体を見た時、それが一番いい方法だと判断したからなんです」
「うん……」
 獄寺の説明を聞きながら、そういう理由であれば耐えられる、と綱吉は思った。
 平和な国で生まれ育った綱吉には、血の臭いに満ちた国際情勢は、どうにも馴染めない。
 だが、今現在も世界中の各地で血で血を洗うような戦いは繰り広げられており、大量の武器弾薬も消費され続けている。そしてそれらは、ボンゴレが武器の売買を拒絶したところで、止まらない。暴力で組み上げられた枠組みは、全てが破壊尽くされるまで容易には壊れない。
 その中で、裏社会の中では顔役の一つに数えられるボンゴレができることは何か。そう考えた時、獄寺が語ったこの答えしかないように思われた。
 一度、取引から手を引いてしまったら、その分野に関する発言権はなくなる。ボンゴレがどんなに巨大な組織であっても、それは当然のことだろう。
 それを避けるためには、武器も麻薬も扱い続けるしかない。悪の組織で居続けるしかない。
 非合法な世界など自分たちには関係ない、クリーンな組織になるのだと全ての暗黒取引と手を切ってしまえば、足元に対する睨みすら利かなくなり、今現在は保たれているボンゴレの領域内に暮らす人々のささやかな平穏すら粉々に砕け散ってしまう。
 詰まるところ、既に出来上がってしまっている世界は、戦争や革命のような破壊的な何かが起こらない限り、容易には他の形には変えられないのだ。
 ボンゴレの力をもってしても、今すぐにあの国からマフィアを消すことはできない。そして、ボンゴレがマフィアでなくなることも、現実的には許されない。
 綺麗な場所から綺麗事を言うのではなく、汚泥の只中で、暗い空の彼方のかすかな光を目指して歩き続けること。
 それが、ドン・ボンゴレの……九代目から引き継ぐべき、これからの自分の役目なのだと綱吉は理解する。
 できるかどうかは分からない。だが、やらねばならなかった。
「──よく分かった。ありがとう、獄寺君」
「いいえ」
 綱吉の感謝の言葉に獄寺は短く答え、それから、ふっと物を思うような表情になる。
 十日前に綱吉がボンゴレ十代目になるという意思表示をして以来、獄寺は迷いや葛藤を殆ど表に出さなくなった。それは彼なりの覚悟の表れであるのだろうし、彼がそういう心構えで居てくれることはありがたいことだったから、綱吉は黙ってそれを受け入れている。
 が、これまでがこれまでであった分、その変わりように物足りなさや違和感を感じていないわけでもなかったから、少しばかりの興味をもって綱吉はその様子を見つめた。
「十代目」
「うん?」
 獄寺の沈黙は長くはなかった。
「十代目は、ギリシャ神話のパンドラの箱の話を御存知ですか?」
「パンドラの箱って……あれ? 開けちゃいけない箱だっけ?」
 唐突に問われて戸惑いながらも、綱吉は曖昧な記憶を引っ張り出す。子供の頃に児童書で見たことがあったはずだ、と朧げな挿絵を思い浮かべた。
「確か、女の人が、神様に駄目って言われてた箱を開けちゃうんだよね。そうしたら中から色々悪いものが出てきちゃって、慌てて閉めるんだけど、もう手遅れで……」
「はい。でも最後に一つだけ、箱の中に残っていたもの……覚えておいでですか?」
「──希望、だったよね」
 パンドラが慌てて閉めた箱から聞こえてきた、出して、という声。
 その声の主は。
「そう、希望です」
 獄寺はゆっくりとうなずいた。
「希望こそが最悪のもの、希望を抱くからこそ苦しむのだという考えは、西洋哲学の世界では大昔からあります。それこそギリシャ神話にこの話が含まれるくらいに、何千年も前から……。でも、希望を持つことができるから生きてゆける。それも真理だと俺は思うんです」
「……うん」
「歴史を振り返れば、何百年も前から同じ国、同じ世界なんて、どこを見たって有り得ません。人間の美徳や悪徳は変わらなくても、いえ、人間が変わらないからこそ、世界や国が何十年も後も今のまま変わらないってことは、まず有り得ないんです。──だったら、今がどんなに最悪だろうと、未来に希望を持つ価値はある。そう思いませんか?」
 静かに、けれど強い意志を滲ませて語る獄寺の瞳を、綱吉は真っ直ぐに見つめる。
 霧がかった湖のような、美しい銀緑の瞳。
 世界でただ一人のことしか考えない、ただ一人のことしか思わないこの瞳は、自分のものだった。
 口には出せない、けれど確かな真実を感じながら、綱吉はうなずく。
「うん。……これまで、いつだって希望は失わなかった。何度ももう駄目だって、死んでしまうと思ったことも何度だってある。でも、俺も君も、今、生きてここにいる。
 希望を持つ価値は絶対にあるよ。どんなひどい状況でも、どんなに苦しくても。いつかはきっと世界は変わる。それはもしかしたら、何十年も、百年も二百年も先かもしれない。けれど、ボンゴレが犯罪組織じゃなくなる日も、あの国がマフィアの支配する国じゃなくなる日も、いつか必ず来る。もしかしたらその時には、ボンゴレの名前も、あの国の名前も変わっているのかもしれないけれど」
「はい」
「俺は俺のやれることをやるよ、獄寺君。今のボンゴレのためと、いつか来る日のために」
「はい。俺もあなたのために全力を尽くします。Vongola Decimo」
「Si. …Grazie.」
 言葉を交わす間、二人とも、目を逸らさなかった。
 互いの表情には、ボスと右腕、その信頼と忠誠以外のものは何一つ浮かんではいない。
 けれど、互いのまなざしの奥の奥、他の誰にも触れられない場所から目に見えない蔓のように透明な何かが伸び、ひそやかに触れ合い、深く深く絡み合う。
 その魂の交感とでも呼ぶべき感覚──悦びをはっきりと感じ取ってから、綱吉はゆっくりとさりげなくまなざしを手元に落とした。
 手元に散らばっていた書類を数枚集め、重ねて、とんと角を揃える。それを合図のように、繋がっていたものがふっと空気に溶け消えた。
「色々ありがとう。獄寺君も疲れてるのに、ごめんね」
「いえ、むしろ、これくらいのことしか今の俺にはできないのが申し訳ないです」
 獄寺の声は謙遜ではなく、ほろ苦いものを含んでいた。
 おそらく、と綱吉は思う。
 獄寺は、綱吉に拳銃を持たせることなど思いもよらなかったのだろう。そういう必要があると思えば、もっと前に進言していたはずである。多分、獄寺の中には綱吉が銃撃戦に巻き込まれたら、自分が盾になるという発想しかなかったのに違いない。
 リボーンに指摘されたその考えの甘さと、綱吉に銃を持たせざるを得ない現実。
 それらがせめぎあって、そんな言葉になったのだろうと思った。
「今はこれで十分だよ、獄寺君。君がリボーンみたいに隙がなかったら、返って俺が困っちゃう」
「十代目……」
 綱吉が微笑むと、獄寺は戸惑うような気恥ずかしいような微妙な表情になる。
 綱吉は敢えて目線を外し、手元の書類を片付けながら続けた。
「俺はまだ、ボスとしては何にも知らない。君もまだ、ボンゴレの全部は知らない。でも、今はそれでいいというか、仕方のないことなんじゃないのかな。これからまた一つ一つ覚えて理解していけば、きっと間に合うよ」
 その言葉がどう響いたのか、獄寺は短く沈黙して。
「……はい。でも、やっぱり俺は悔しいです。もっとあなたのお役に立ちたいのに……」
「獄寺君は昔っから、そればっかりだったね。俺が一番大事で、俺の役に立ちたいって」
 珍しく素直に内心を吐露した獄寺に、綱吉はふっと笑みを誘われた。
 中学生の頃の獄寺は、意気込みばかりが空回りし、時には暴走にまで至って、綱吉はいつもはらはらし通しだった。
 けれど年月が経つにつれ、少しずつ言動が落ち着き、綱吉の本当の思いを汲み取ろうとする姿勢が見えるようになって。
 気がついた時には、綱吉にとって獄寺は、単に仲間や友人というだけではない、かけがえのない存在となっていたのだ。
「でも、何度でも言うけど、今はこれで十分だよ。これ以上はまだ、俺自身が受け止められない。俺がボンゴレの全部を理解するには、きっと長い時間がかかる。だから、獄寺君も焦らないで?」
「──はい、十代目」
 綱吉の言葉に、今度は素直に獄寺はうなずく。
 それを受け止めて、綱吉はほのかに微笑んだ。

to be continued...





NEXT >>
<< PREV
格納庫に戻る >>