きらきら 19
「それじゃ、また明日」
夕食を外で終えた後、最寄りの地下鉄の駅まで獄寺を送るつもりが逆にアパートまで送られてしまった綱吉は、苦笑まじりに獄寺に告げる。
「気をつけて帰ってね。まあ、何もないとは思うけど」
身長180cmを超える、しかも一見日本人には見えない若い男が路上で物取りの被害に遭うとも思えないが、何が起きるか分からない昨今である。老若男女問わず、注意するに超したことはない、というのが消極主義な綱吉の持論だった。
「俺の方は御心配なく。沢田さんこそ、しっかり戸締まりして休んで下さいね。明日は午後二時前にお迎えに上がりますから」
「待ち合わせは駅でいいってば。神保町のホームで待っててくれれば行くから」
「でも、それだと沢田さんがいらっしゃるまで会えません」
不満げというよりは寂しげにそう言われて、ぐっと綱吉は詰まる。
そう言われてみれば、確かに獄寺は昔から、特定のシーンに限って待つことが苦手だった。
朝の出迎えや、綱吉が補習などの用事を済ませるまで待っているのは苦にしなくとも、自分が動けばすむ状況下で動かずに待つというシチュエーションには、いつもかなり抵抗したような覚えがある。
そういう意味では、忍耐力にひどく偏りがあるのが獄寺の性格だった。
「君の言い分は分かるけど……でもやっぱり無駄足じゃない? そりゃここから駅までは五分くらいの距離だけど……」
「俺がこちらまで来れば、五分早く会えて、五分長く一緒にいられます」
「……それって、俺が五分早く、アパートを出ればすむ話じゃないの?」
「俺がこちらまでお迎えに来ればすむ話ですよ」
「―――…」
もしかしたら自分たちは相性が悪いのだろうか、と一瞬綱吉は考えかけたが、それでもいい、とすぐに考えることを放棄した。
性格が全く違うことは自明だが、そういうところを含めて昔から好きなのだから、今更どうしようもないのである。
この話にしても、綱吉の方としては、わざわざ駅の改札を出てまで迎えに来るのは色々な意味で勿体ないだろうという程度の考えであり、獄寺が一緒にいたがるのが嫌だというわけではない。
それなら、好きなようにしてもらえばいいや、と持ち前の諦めの良さに惚れた欲目も加わって、あっさりと綱吉は妥協した。
「分かったよ。じゃあ、明日の二時ね」
「はい!」
綱吉が応じた途端に、獄寺は破顔する。
その笑顔に、綱吉も仕方ないなあという気分半分、喜んでくれるならいいかという気分半分で微笑んだ。
「それじゃあね、また明日」
「はい、おやすみなさい」
笑顔で、けれど名残惜しいのだと十分に分かる表情で獄寺は別れを告げて、アパートの通路を去り、軽快に階段を下りてゆく。
そのまま綱吉が、自室の前の手すりに寄り掛かるようにして階下を見ていると、アパートのエントランスから出てきた獄寺が振り返って、片手を挙げた。
綱吉も、おやすみ、と手を振り返して、振り返り振り返り遠ざかってゆく背中を見守る。
そして背の高い後ろ姿が塀の向こうに消えたところで、小さく溜息をついて、手すりから離れた。
「また明日、か」
懐かしい響きの言葉を口の中で転がしながら、綱吉は今日の午後、この部屋を出た時とは天と地ほどにも違う気分でドアを開けて、中に入る。
獄寺は帰っていったが、彼が今日くれたたくさんのものは、今も自分の裡に、あるいは周囲を取り巻くようにきらきらと光りさざめいて、自分を満たしてくれている。
そして、この輝きは、今夜を過ぎてもきっと永遠に消えない。
今夜は久しぶりにゆっくり眠れそうだと思った。
end.
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