「シズちゃんは、俺に掘られてもいいわけ?」
「即答はし辛いけどな。けど、嫌だっつったら、自分が嫌なことを手前に押し付けてんのかってことになるだろ」
それはフェアではない、というのが静雄の考え方だった。
臨也は間違いなく男で、身体的機能もプライドも、静雄と同類のものを持ち合わせている。それを一方的に蹂躙するのは、二人の関係として決して正しい形ではないと思うのである。
とはいえ、一番最初の時はさすがにそこまで考慮する冷静さがなく、雄の本能で押し倒してしまったのだが、そのことについては後から一応、反省はしたのだ。
だから、二度目の行為を匂わせる時は、もし臨也が拒絶や嫌悪の色を浮かべたら、その場を強引に進めることはやめようと心に決めていた。
もっとも、始まったばかりの新しい関係を終わらせるつもりはこれっぽっちもなかったから、その時は二人で居るために、臨也が呑める条件を模索する気満々ではあったのだが。
「で、実際のとこはどうなんだ?」
静雄の胸の上に乗り上げるようにしてこちらを見つめている臨也の頬を、静雄は左手を上げてそっと撫でる。
それほどに静雄の言葉の衝撃が強かったのか、臨也はしばらく呆然と静雄を見つめていたが、やがて、ゆるりと考えるまなざしになった。
「俺が、シズちゃんを、ねえ……」
そう呟いている様子からすると、これまで微塵もそんなことを考えたことはなかったらしい。
わずかばかりとはいえ覚悟していた身としては少しばかり拍子抜けしながら、静雄は臨也の答えを待った。
「……どう考えても、君の括約筋は凶器だよね。無事でいられる気がしない」
「SEXの時には馬鹿力は発揮しねぇっつってんだろうが」
「それは分かんないよ。俺のテクがすご過ぎて、シズちゃんがよがり狂っちゃったら何がどうなるか。そのまま抜けなくなって救急搬送なんて俺は御免だよ。ましてや、圧迫され過ぎて細胞が壊死(えし)しちゃったらどうすんのさ」
「……ちょっと悲惨だな」
テク云々の寝言はさておき、同じ男として、手前のブツなんざもげてしまえばいいとはさすがに言えず、静雄は視線を天井へと向ける。
確かに、受身で理性を失うというのは未知の領域だから、何がどうなるかは見当もつかない。臨也の言葉を否定しきるだけの材料は、まだ静雄の中にはなかった。
「だろ。俺もこの歳で去勢したくはないからね。──いいよ、別に。これでシズちゃんがDVもどきの乱暴なSEXするんだったら、話はまた違ったけど」
「そうかよ」
「うん。シズちゃんが、俺が男だってことを忘れてないのは、よく分かったしね」
「そりゃどうも」
思っていた以上に、臨也にとっては静雄が勘違いしていないかどうかが重要であったらしい。
だが、プライドの塊のような男が同じ性をもつ相手に抱かれるのである。そういうものかもな、と思いながら、静雄は臨也の頬をもう一度撫で、それから細い腰に添えていた手を下へと滑らせた。
両手のひらに収まるほどの丸みを優しく撫で、その狭間に指先を滑らせると、臨也は艶かしく眉をひそめて小さな声を上げる。
「…っ、ん……」
最中の臨也の声はとびきり甘い。もっと聞きてぇな、と思った時、臨也が探るような眼で静雄を見つめた。
「またする気……?」
「嫌か?」
今夜はもう二度、抱いている。三度目は静雄には別にきつくはないが、受身の臨也には辛いかもしれない。
そう思い、問うと、臨也は静雄の目を見つめて少し考えるそぶりをした後、「いいよ」と呟いた。
「キツくねぇ?」
「今の会話の流れで、どうしてこうなるのかは全く理解できないけどね。君に気を遣われるほどやわじゃないよ。昨日、誰かさんのおかげでたっぷり眠らせてもらったし。平気」
「ふぅん」
何かというと虚勢を張る臨也だが、昨日に比べれば表情も身のこなしもずっと溌剌としている。
これは嘘ではなさそうだなと思いながら、静雄はゆっくりと手のひらを肌に沿わせ、身体の隅々にまで滑らせた。
先程まで散々に戯れていた記憶をまだ色濃く覚えているのだろう。目を伏せて静雄の手の動きが生み出すものを受け止めていた臨也が、声を殺そうと自分の指を噛むようになるまでには、さほどの時間はかからなかった。
こういう時、静雄は声を出せとは強要しない。言っても聞かないどころか、更に意固地になるのが折原臨也という人間だからだ。
だから、そのどうしようもない意地っ張りの殻を蕩かすように、ひたすらにやわらかな愛撫をゆっくりと送り続ける。
そうすると、頑なだった蕾が美しい花を咲かせ、やがて実が甘い蜜をたっぷり含んで熟すように、身体を一つに繋ぐ頃にはこちらが蕩けてしまうような甘い声ですすり泣き、彼だけが呼ぶ渾名を何度も何度も繰り返すようになるのだ。
シズちゃん、という渾名を静雄が良いと思ったことは、これまで一度もない。
だが、全身ですがりつかれ、世界には他に誰もいないような必死さでシズちゃんシズちゃんと呼ばれるのは、どうしようもなく心が疼き、同時にこの上なく心が満たされることだった。
「臨也……」
舌に馴染んだ名前を呼び、切なげに喘ぎ続けている唇に深く口接ければ、臨也は懸命に応えてくる。
一番最初の夜も、静雄はこのベッドの上でこうして臨也を抱いていた。
床の上で始められた行為だったが、途中で臨也が背中が痛いと文句をつけたため、途中で場所を移動したのである。その頃にはもう臨也は抵抗をやめていて、この小さなベッドの上で今と同じように静雄を受け入れてくれた。
最初のうち固く強張っていた場所が、時間をかけるうちに少しずつ和らいで静雄を包み込むように変化していった。その様子をひどくいじらしいと感じたことを、まだ昨日のことのように覚えている。
あれから幾度も行為を繰り返し、今、臨也は蕩けるようなやわらかさで静雄を抱き留めてくれている。
すすり泣きと共に唇から零れる静雄の渾名は一層甘く、ほっそりとした両腕も両脚も、命の限りとばかりに静雄にすがりついて離れない。
「臨也」
理屈も何もなく、ただ愛おしかった。
腕の中の存在は魂のひとかけらまで静雄のもので、静雄もまた、魂のひとかけらまでも臨也のものだった。
「臨也、臨也……」
臨也が静雄を呼ぶのと同じくらい、何度も何度もその名を呼んで。
この世の何よりも甘くかけがえのないその存在に心と魂の全てで溺れ、やがて、この上ない幸福感を抱きしめながら、お互いだけが存在するあたたかな深淵にゆらゆらと沈んでいった。
End.
NEXT >>
<< PREV
<< BACK