Long Vacation 2








 豊かに満ちた自然は、現代人のせわしない日常をたやすく忘れさせてくれる。
 森林の散策や渓流での水遊びは、普段、街中で生活している人間を奇妙な懐かしささえ感じさせる迎えてくれたし、ドライブがてら美術館や史跡、古刹名刹をはしごするのは知的好奇心を十二分に満足させてくれた。
 自然の豊かな観光地だけあって、食事も美味珍味には事欠かなかったし、低料金で気軽に入浴できる温泉もいたる所に湧いている。
 たった一週間の休暇ではあったが、楊ゼンと太公望はその短い自由時間を目一杯に楽しんでいた。
 もちろん、自己主張がはっきりしている二人の人間が四六時中一緒にいれば、時にはささいなことが原因で口論になることもある。が、それも決して長くは続かず、いつも最後は楊ゼンが頃合を見計らって美味しいものや珍しいものを差し出し、それを渋々ながらも太公望が受け入れる、という形で決着がついた。
 とはいえ、そんな他愛ない喧嘩はさほど頻繁に起こるものでもなく、美しい自然の中で過ごすほとんどの時間を、二人は互いの傍を離れることなく過ごした。




           *           *




「一週間なんて、あっという間でしたね」
 陽光が葉に透けて明るい翠緑に染まった森林の、軟らかな土を踏みながら、楊ゼンが呟くように言う。
 宿泊先のホテルから程近いところにある、美しい木立ちと渓流を巡る散策コースを歩くのは既に四度目だったが、何回同じ道をたどっても、そのたびに森の表情は違うように見えて飽きることがない。
 しかし今日は最後だからと、観光客の姿がまばらなのをいいことに二人は本来のルートをわざと少し外れ、小さな水の流れに沿って森の中を歩いていた。
「もう少し長い休暇が取れたら良かったんですけど……」
 時間の速さを惜しむようなその声に、一歩前を歩いていた太公望が小さく笑いながら振り返った。
「だが、たとえ休暇が倍の長さあっても、おぬしはきっとそう言うぞ?」
「……それはそうでしょうけど」
 小さく溜息をつきつつも、楊ゼンは木洩れ日の下で悪戯っぽい笑みを見せる太公望に目を細める。
 もともと小柄でも存在感のある彼だが、この休暇の最中は、不思議に鮮やかさが増していて、何気ない仕草や表情にもつい見惚れてしまう。
 この眩しさがただの錯覚ではなくて、自分と共に在ることがそうさせているのならいいのだけどな、と楊ゼンは内心で思う。
「別に休暇が終わったら会えなくなるわけではないし……何をそう拗ねる必要がある?」
「拗ねてるわけじゃないですよ。でも24時間一緒にいられるなんて、なかなかないでしょう? たとえ休日でも、僕もあなたも何かと忙しいし……」
「それはそうだがな」
 言いながら、太公望は森林の中を流れる細い渓流へと歩み寄っていく。楊ゼンもその後を追った。
 湧き水を集めたせせらぎは限りない透明さできらめきながら、木洩れ日の中を涼しげな水音を立てて流れてゆく。
 その澄みきった水の色を、太公望は目を細めて見つめた。
「でも、こうして1週間、非日常を楽しんだのだから、いいのではないのか?確かに明日の夜からは、またいつもの生活に戻るが、それで思い出が消えるわけではないし、次はどこへ行こうかと考えるのも楽しいだろうし」
「──僕とずっと一緒にいて、楽しかったですか?」
 そう尋ねた声が軽い調子にならず、思わぬ不安の色がにじんだことに、楊ゼンはかすかに眉をひそめる。
 が、太公望は渓流にかがみこんで冷たい水に手を触れ、指を遊ばせながら、振り返らないまま口を開いた。
「楽しくなさそうに見えたか?」
「……いいえ」
 反問の形をとった肯定に、楊ゼンは首を振る。
「あなたが楽しそうにしていてくれたから、僕もこの6日間、ずっと嬉しかった。──だから……」
「休暇が終わらなければいいと思った?」
 水辺にかがみこんだ姿勢のまま、太公望が振り返る。
 その顔にやわらかな笑みが浮かんでいるのを見て、楊ゼンは不意にひどく切ない気分が込み上げてくるのを感じた。
「そうです」
 けれど、あえてその場から動かないまま、さらさらと風に揺れる木洩れ日がきらめいているような、眩しい人を見つめる。
 と、ふわりと太公望が微笑んだ。
「本当におぬしは仕方がないのう」
 そして腰を伸ばし、濡れた手の水滴を軽く振り切って、楊ゼンのところまでほんの数歩の距離を戻ってくる。
「季節は過ぎてゆくものだよ。どんなに長い夏も厳しい冬も、いずれは終わって次の季節になる」
「──ええ、それは分かっているんですけど……」
 微笑になりきらない、微妙な表情を見せた楊ゼンに、太公望は、ほんのかすかに困った色の混じった苦笑を浮かべて小首をかしげる。
「……確かにもうすぐ夏は終わるが、休暇はまだ一日半ある。その間、ずっとそうして過ぎてゆくものを惜しみ続ける気なら、さすがのわしでも怒るぞ?」
「───」
 その言葉にまばたきしてから、楊ゼンは小さく破顔した。
「それは困りますね。あなたが本気で怒ったら、僕はどうしたらいいか分からなくなる」
「なら、もう不景気な顔はするでない」
 梢をわたる涼やかな風のような笑みを向けて、太公望はゆっくりと足を踏み出す。
「もう少し歩こう」
「あ、待って下さい」
「何だ?」
 立ち止まって振り返った太公望に、楊ゼンは微笑とともに右手をさしのべる。
「誰も見てませんよ」
 夏休みも終わりに近付いた今、わざわざ散策コースを外れる酔狂な観光客など滅多にいない。
「──今だけ、だからな」
 少し逡巡した後、太公望はゆっくりと左手を楊ゼンの手のひらに重ねた。
「冷たい手ですね」
「そりゃ水遊びしておったのだから」
 まだかすかに水気を帯びた、ひやりとした感覚の細い手を楊ゼンはそっと握りしめる。
 そして再び二人は、ゆっくりと道らしい道のない森の中を歩き出した。
 所々に白樺の白い幹が混じる広葉樹主体の森は、午後の陽光が葉に透けて地表まで届き、下生えの草もやわらかく伸びている。少々たよりなく思えるほど軟らかな土を踏みしめて木洩れ日の中を歩くのは、なんともいえない心地好さだった。
「──すみません、何か妙に感傷的になってしまって……」
「構わぬよ、それくらい」
 歩きながらの楊ゼンの謝罪を、太公望はさらりと受け止め、流す。
「第一、感傷的になっておるのは、おぬしだけではないしな」
「………え?」
「───…」
 一瞬聞き返すのが遅れた楊ゼンを、悪戯めいた、だがその奥に表しがたいものを秘めた瞳で太公望は見上げる。
「おぬしもずっと気にしておっただろう」
 足を止めた二人を、せせらぎの水音と、吹き抜ける涼やかな風が起こす葉ずれの音が包み込む。
 その一瞬時が止まったような静寂の中、太公望は左手を楊ゼンの手に預けたまま、空いている方の右手で、正面──北からやや右よりの方向をまっすぐに指差した。
「ここから直線距離で五十キロ……六十キロくらいかのう」
「師…叔」
 彼が何を言わんとしているのか悟って、楊ゼンは声を失う。が、まっすぐにその方向を見つめたまま、太公望は言葉を続けた。
「あの年の目的地はここではなかったよ。……けれど、ここにも来たことがある。父と母と兄と妹と……家族皆で」
 ゆっくりと傍らに立つ楊ゼンを見上げた、太公望の深く澄んだ瞳が、泣き出す一歩手前の色で微笑む。
「もう、二度と来れないと思っていた」
 細い左手が小さく震えているのを感じて、楊ゼンは握りしめる手の力を強くする。
「ずっと……怖かった」
 凛と響く、かすかに揺れる声が静かに森の中に染み透ってゆく。
「他の地方や外国の山地なら平気でいられたが、ここにだけは12年間、どうしても足を向けることができなかった。……でも、おぬしが一緒ならと思ったのだ。
 最初から、ここにしようと思ったわけではないよ。ただ、おぬしに行きたい場所を選んでくれと言われて、考えているうちに思いついた」
 ゆっくりと太公望は、翠緑に染まる美しい森にまなざしを向ける。
「ここに来たら、やっぱり色々なことを思い出して多少感傷的にはなったし、悲しい気分にもなった。……だが、一度も怖いとは思わなかったよ。
 おぬしがいてくれたから……家族で来た時と同じくらい、今年は夏の休暇が楽しかった。」
「師叔」
「おぬしがいなかったら、ここには来れなかった」
 その言葉に。
 楊ゼンは太公望を引き寄せ、華奢な躰を強くかき抱いた。
「師叔…!」
 ───この愛しさ、この想いを何と表現したらいいのか。
 何よりも大切な人が、己の存在を足がかりに、長い間越えることができなかったものを越えてくれた。
 その信頼と想いに、何と返したらいいのか。
 とても言葉が出てこない。
「ずっと心配していてくれたのに、黙っていてすまなかった。おぬしに余計な気を使って欲しくなくて……。普通に……いつもおぬしといる時のように、ここで過ごしたかったのだ」
「そんなことはいいんです」
 胸に抱きしめた太公望の少しくぐもった声に、楊ゼンは強い声で応じる。
「いいんです……!」
 想いに任せたまま、細い躰を強く強く抱きしめる。だが、太公望は苦しさを訴えることもなく、楊ゼンの背に腕を回した。
 どこかまだためらうような仕草で、けれどもそっと寄り添ってくる、その確かな感触がたまらないほど愛しくて。
 楊ゼンはわずかに腕の力を緩めて、太公望と瞳を合わせる。
 深い色の瞳は、泣いているというほどではないが、それでもかすかに水気を帯びて揺らめきながら、まっすぐに見上げてきて。
「師叔……」
 澄み切った深い色合いに誘い込まれるように、楊ゼンは、そっと太公望の目元に唇を押し当てた。
 そのまま問いかけるように淡い口接けを額や頬に落とすと、ほんの少しだけためらうような色をにじませながらも、ゆっくりと太公望は瞼を伏せる。
 大きな瞳が閉じられたのを確認して、楊ゼンはやわらかな唇に口接けて。
 言葉にならない愛しさを伝えようとするかのような激しさで、甘い舌を深く絡め取ってゆく。
 その激しさに太公望がくぐもった嬌声を零し、細い躰が萎えたように力を失っても、楊ゼンはキスを止めなかった。
「……っ…あ…」
 長い長い口接けをようやく終えて唇を離すと、抱きしめた腕で支えていなければ、その場に崩れ落ちてしまいそうな頼りなさで、太公望は力なく楊ゼンの胸に寄りかかってきた。
 小さく肩を震わせながら、懸命に乱れた呼吸を整えようとしている太公望がいじらしくて、楊ゼンは薄紅に染まった耳朶を甘噛みし、その下のやわらかな首筋に唇を這わせる。
 と、太公望がびくりと震えて目を開け、顔を上げた。
「よ…うぜん……!」
 けれど、名を呼ぶ声に構わず、楊ゼンは情の赴くままに口接けを下にずらしてゆく。
 綺麗な線を描く鎖骨の上をきつめに吸い上げてやれば、くっきりと薄紅の痕が残った。
「──駄目っ…こんな……!」
 耳に届くせせらぎの水音や、葉ずれの音。
 揺れる木洩れ日の向こうに見える夏空が……午後の陽射しが二人を包んでいる。
 そのことに太公望は激しい羞恥を覚えて、懸命に抵抗しようとする。が、既に激しい口接けに熱を呼び覚まされ、今にも崩れ落ちそうになっている躰では、楊ゼンを突っぱね、押しのけることは到底不可能だった。
「あっ…!」
 シャツ越しに胸の尖りを指先で押しつぶすように刺激されて、背筋を走った甘い感覚に思わずよろめいた拍子に、背中がすぐ後ろにあった木の幹にぶつかる。
「ああ、そのまま動かないで下さいね。暴れないで……」
「楊ゼン!!」
「駄目ですよ」
 せめてホテルに戻ってから、と願う太公望の声に、楊ゼンは情を隠しきれない、余裕の失せた声で返す。
「僕は今すぐあなたが欲しい」
「そ…んなこと……っ」
 シャツのボタンを外した隙間から忍び入ってきた手の感触に抗議の言葉が途切れる。
「嫌っ…、ぁ……」
「あなただって、もう待てないでしょう?」
 確かにその言葉のとおりだった。
 よりによって屋外での行為である。常の太公望ならもっと徹底的に抗っただろう。
 だが、昂ぶった感情と先程のキス、そしてこま濃やかな愛撫に既に躰は熔け始めており、楊ゼンを押しのけようとした手も甘くおののくばかりで、まるで力が入らない。
「……っ…んっ…」
 楊ゼンの長い指が、ゆっくりとしなやかな背筋を確かめるようにすべやかな肌をたどってゆく。細腰の窪みを、つと指先が撫でた途端、太公望はびくりと躰を震わせて、背筋を大きくのけぞらせた。
 その動きで目の前に晒される形になった胸元に、楊ゼンはためらうことなく口接けを落とす。
 木洩れ日を受け止めるやわらかな白い肌に、薄紅の刻印が鮮やかに浮かび上がり、誘われるままに楊ゼンは可憐に色付いた小さな尖りに舌を這わせ、過敏な背筋を指先で嬲る。
 その執拗な愛戯に、太公望はがくがくと全身を震わせながら、甘い嬌声を上げた。
「やだぁ…っ…!」
 と、顔を上げた楊ゼンが喘ぐ太公望の唇を奪う。
 ひとしきり深く舌を絡めてからゆっくりと離れ、そして低くささやいた。
「声を出すのは我慢して下さい」
 その言葉に、はっとしたように太公望が楊ゼンを見上げる。
 せせらぎの水音があるとはいえ、人の耳に人の声はよく聞こえる。ましてや森の中では音が意外に反響するから、風に乗ってどこまで届くか知れたものではない。
 ルートを外れたこの近辺に人の気配はないが、もし声が他の観光客に聞こえてしまったらどうなるのか。
 快楽にうっすらと潤み始めた太公望の瞳に、怯えの色が走る。
 そんな恋人を宥めるように、楊ゼンは頬や額に軽い口接けを落とした。
「もうどうしようもないでしょう? 少しだけ、我慢して下さい」
「だって……!」
「我慢し切れないと思ったら、僕の肩を噛んでくれたらいいですから」
 甘やかな声と同時に首筋に口接けられて、太公望は背筋をびくりと震わせる。
 そして、そのまま再びゆっくりと下方へ下りてゆく愛撫に、固く目を閉じて唇を噛みしめた。
 はだけられた服の隙間から覗く肌を、楊ゼンの手が優しくたどってゆく。
 すべやかな感触を愛おしむようなその動きに、過敏な躰はびくびくと震え、楊ゼンの肩にすがった手が、上質の生地が皺になるほどきつくシャツを握りしめる。
 必死に注がれる感覚に耐える太公望の状態を計りつつ、楊ゼンは細腰に回した左腕で崩れ落ちそうな躰を支えて。
 そらされた胸の小さな尖りを舌と歯でやわらかく可愛がりながら、太公望のベルトのバックルに手をかける。
「嫌…っ…」
 ベルトを緩め、スラックスのボタンを外すと簡単に細い脚から布地は滑り落ちていった。
「やだっ…楊ゼン……!」
 またたく間に前をはだけられたシャツ以外、何も身にまとわない姿にされて太公望が細い悲鳴を上げる。
 泣き出しそうな顔で、肌を隠そうとするようにすがりついてくる太公望の背中を、楊ゼンは宥めるように優しく撫でた。
「他に誰も見てませんから」
 けれど、楊ゼンの腕の中で太公望は激しくかぶりを振る。
「嫌だ……!」
 羞恥におののく恋人の様子に微苦笑して、楊ゼンは背を抱いていた手をそっと下方へ滑らせた。
「───っ!」
 シャツの裾から侵入した指先が、羽根をかすめるような微妙なタッチで腰の窪みからやわらかな双丘までを愛撫する。
 過敏な肌を嬲られる総毛立つような感覚に、太公望は声にならない悲鳴を上げた。
 その隙に、楊ゼンは華奢な躰をそっと胸から引き離して、元通り木の幹に背を預けさせる。
 そして、淡い色に染まった胸の上で快楽におののいているような甘い色の小さな尖りに口接けながら、細腰に這わせていた手を前にずらすと。
「…やぁ…っ……!」
 既に濡れ始めていた快楽の徴は、楊ゼンの手に触れられて、いじらしく震えながら歓喜の涙をあふれさせた。
「っ…ぁ……、んっ…」
 伝い落ちる透明な蜜を指に絡ませながら、楊ゼンは熱くなっているそこをゆっくりと包み込むように撫でる。
 感じ過ぎる箇所を同時に嬲られて、太公望の唇からこらえきれない嬌声が零れる。ほっそりとした脚はとうに躰を支える力など失くし、がくがくと膝を震わせていて。
「もぅ…駄目……っ!」
 かすれた悲鳴と共に、切なげに堅く閉じた瞳から涙が伝い落ちる。
 それを唇でぬぐってやりながら、
「……もう少し、我慢して下さい」
 楊ゼンは溢れ出した蜜で十分に濡れた指を、おののいている躰の最奥へと触れさせる。
 ひそやかに息衝いていたそこは、軽く指先で刺激されるだけであからさまな反応を示した。
「大丈夫みたいですね」
 その感触を確かめてゆっくりと指先を挿し入れる。そして、おののきながら絡み付いてくる柔襞を宥めるように浅い動きで刺激すると、左腕で支えている細腰が大きく震えた。
「──やぁっ…」
 甘くかすれた嬌声を上げながら、太公望は耐え切れないようにかぶりを振る。
 しかし、持ち主の意に反して、躰の方は与えられる愛撫に従順に反応し、更なる快楽を求めて増やされた指を物欲しげに食いしめる。
「…ぁ…んっ……」
 蜜を溢れさせながら、ひくひくと蠢いて誘いかけるやわらかな内襞を、楊ゼンはじれったいほどの優しさで慰め、限界まで熱を煽る。
 そして頃合を見計らって、一番過敏な快楽の原点をそっと指で押さえた。
「……っ、や…っ…」
 決して強く刺激することはなく、ただゆるやかな圧迫を加えてくるだけの愛撫に、太公望の眉が切なげにひそめられる。
 その涙がにじんだ目元に口接け、そらされた首筋を優しく唇で甘噛みしながら楊ゼンは愛戯を下ろしてゆき、やがて紅く色付いた小さな尖りにたどりつく。
「ひぁ…っ…!」
 堅くしこった尖りを舌先でつつきながら甘く転がし、歯先でやわらかく擦り立ててやると、華奢な躰が激しく震え、内部に挿し入れられた二本の指をきりきりと締めつけながら焦れったげに腰を揺らめかせた。
「──ぃ…や……、もぅ…嫌…っ!」
 弱点を知り尽くした指に柔襞を犯され、過敏な胸元を舌と歯で可愛がられて、太公望は泣き濡れた悲鳴を上げる。
 その甘くかすれた声に限界を聞き取って、顔を上げた楊ゼンは、浅く乱れた呼吸に喘いでいる唇を優しく奪った。
 やわらかく舌を絡めながら、熱くおののいている秘処からゆっくりと指を抜き去って。
 そして、少しでも力を抜いたら、その場に崩折れてしまいそうな華奢な躰を腕に抱き直し、己のスラックスの前をくつろげた。
「……大きな声を出したら駄目ですよ」
 唇を離し、低い声でささやきかけると、ぼんやり霞みがかっていた瞳が、はっと焦点を取り戻す。
 が、泣き濡れた瞳が現状を思い出して恐れの色を浮かべる前に、もう一度楊ゼンは唇を重ねた。
「……っ…ん…」
 先程よりも激しく、吐息さえ奪うように深く口腔を舌で犯しながら、わずかに身体をかが屈めて、すんなりと細い右脚の膝を腕に救い上げる。
 意図を悟って身悶えしようとする躰を、腰に回した腕で強く引き寄せて。
 充分に濡れた秘処に、熱く昂ぶった漲りを押し当てて力を込める。
「っく……んんっ…!」
 その感触に太公望はびくりと躰をすくませるが、立位で片足を抱え上げられた不自然な体勢では抵抗するすべもない。
 蜜を溢れさせながら柔襞がゆっくりと先端部分を呑み込んだところで、楊ゼンは一息に腰を突き上げた。
「───っ!!」
 指とは比べ物にならない熱と質量を持ったものに強引に躰を拓かれて、大きくのけぞった背筋がびくびくと跳ねる。
 蕩けきった内部も、引きつったように激しくおののきながら、穿たれた猛々しい熱塊をきつく締めつけて。
「……ぁ…、あ……」
 ようやく執拗な口接けから解放された太公望は、唇をわななかせながら細い喘ぎをもらした。
「師叔……」
 楊ゼンもまたかすかに呼吸を乱しながら、涙が零れ落ちる太公望の頬にいくつものキスの雨を降らせる。
 そして、最初の衝撃が少し落ち着いてきたのを見計らって、細い右脚を抱え直した。
「……よ…ぜんっ…!」
 更に結合を深めようとするかのようにゆるく躰を揺すられて、太公望は弱々しくかぶりを振る。
「やだっ……」
「誰も見てませんよ」
「見て…なくても……っ」
 明るい陽射しの下、美しい森の中でこんな風に躰を交わらせるのは、たまらなく恥ずかしくて辛い。
 今すぐ息絶えてしまいたいほどの羞恥に耐え切れず、小さくすすり泣きながら、太公望はすがった楊ゼンの肩に爪を立てる。
 だが、その間にも逞しいものを受け入れた箇所は、甘やかに息衝き始めていて。
「…ぁ……んっ…」
 それを感じ取った楊ゼンがごくゆるやかに腰を動かすと、途端に柔襞がやわらかく絡み付いてきて、更に奥へと誘うように蠢いた。
「──もう我慢なんてできないでしょう?」
 蕩けきった柔襞をゆるゆると刺激しながら、楊ゼンは薄紅に染まった耳朶をそっと噛む。
「僕だけを感じていて下さい」
 甘くささやくと、太公望はびくりと肩をすくませた。
 大気が触れているだけでも感じてしまうほど過敏になっている肌に、ねっとりと唇を這わせながら、腰を抱いた手で背筋を嬲る。
 と、熱い内部をおののかせながら、華奢な腰が淫らに揺れる。その動きに合わせるように、楊ゼンはゆっくりと律動を始めた。
「───っ…ん…!」
 深く、確実に存在を刻み込んでくるような熱い楔に柔襞を擦り立てられて、とろけるような甘い愉悦が背筋を駆け上り、全身に広がってゆく。
 だが、堅く閉じた瞼に透ける明るい陽射しや、耳につくせせらぎの音が、太公望に我を忘れることを許してくれなくて。
 その半端な状況が、かえって一つ一つの刺激を過敏に感じ取らせ、快楽の深みへと躰を引きずり落としてゆく。
「…っく……い…や…っ…」
 深く躰を貫かれる快感に声を殺してすすり泣きながら、太公望は不自由な躰をびくびくと震わせた。
「──いつもより、ずっと熱くなってますよ」
 その甘い切なげな泣き顔を見つめながら、楊ゼンは耳元にささやきかける。
「すごく締めつけてくる……」
 熱情をにじませた低い声に、太公望は嫌々するようにかぶりを振る。
 だが、不自然な体勢を強制されて緊張した躰は、おののきながらも逞しい熱を食いしめ、抽送に合わせて淫らな音を立てながらとめどもなく蜜を溢れさせる。
 とろとろと粘液が白い脚の内側を伝い落ちてゆく感覚にさえ、太公望は反応して鳥肌を立てた。
「──っ……ぁん…っ!」
 浅く、そして深く強弱をつけながら刻み込まれる律動に、指先までもが甘く痺れてゆく。身も世もなく泣きじゃくりたいほどの快感を注ぎ込まれて、必死にこらえても抑え切れない嬌声が、喘ぐ唇から零れる。
「よ…ぅ…ぜん…っ……」
 戸外で抱かれる羞恥も声を上げられない苦しさも、不自然な体勢も、すべてが甘い快楽へと繋がり、華奢な躰を激しくさいな苛んで。
 強引な行為に冴えたままの意識と蕩け切った肉体の狭間で、乱れてすすり泣く太公望の堅く閉じた瞳から、ただ涙が零れ落ちてゆく。
「師叔……」
 そして楊ゼンは、頬を伝い落ちる涙を唇でそっとぬぐってやりながら、他の誰も知らない太公望の甘く切なげな表情を見つめた。
 ──上気して、甘い艶を浮かべた目元も、懸命に声を押さえようと喘いでいる薄い唇も、涙で重たげに濡れたまつげ睫毛も。
 このまま永久に腕の中に閉じ込めてしまいたいほどに愛おしくて。
「気持ちいいですか……?」
 耳元にささやきかけると、太公望は眉をひそめて嫌々をするようにかぶりを振る。
 けれど、肩にすがりついたままの手は切ないまでに強く爪を立て、自分を求めていて。
 シャツ越しの淡い痛みが、どうしようもないほどにいじらしくて、想いが止まらなくなる。
 愛しい恋人が自分だけに許してくれていることは、数え始めたら切りがない。
 たとえば、こうして華奢な躰を腕に抱きしめ、一つになることも。
 小さな我儘を言い、甘えることも。
 過去を共有することも。
 自分にだけは、ためらいながらも素顔を……その心を見せてくれる深い信頼を、どれほどかけがえのないものに感じているのか、この人は知っているだろうか。
 ただ一人と心に決めた人に愛されることを、どんなに幸せと感じているか。
「太公望師叔」
 そして。
 この人を失うことを、どれほど恐れているか。
 気付いているのだろうか。
 たとえば、この人に愛されなくなることや、あるいは、世界からこの人が消えてしまうことを想像するだけで。
「──言って……下さい」
 叫び出さずにはいられないような、気が狂いそうになるような恐怖を自分が抱えていることを。
「僕だけだと……」
 愛しい躰を抱きしめながら、祈るように言葉を紡ぐ。
 一個の人間として手放すことができないもの、背負っていかなければならないものを、それぞれに持っていることは分かっている。
 けれど、それらすべてを負ったまま──あるいは乗り越えて。
 生涯、共に歩むことを選んでくれたなら。
 もう他に何も望まない。
 本当に、それだけでいい。
「ずっと……僕の傍に……」
 低く呟くようにささやいたのは、おそらく今は届いていないと分かっているからこその言葉。
 こんな時にしか口にできない──真実の祈り。
「師叔……」
 華奢な腰を支えながら、やわらかな内部を最奥まで突き上げると、太公望は声にならない泣き声をあげて背筋をのけぞらせる。
「もぅ…駄…目っ……!」
 切なげに喘ぎながら、吐息のような声で限界を訴え、弱々しくかぶりを振る。
 蕩け切った柔襞はよがり泣くように蜜を溢れさせながら、猛々しい楔にきつく絡み付いてきて。
 弱い所を突いてやると、びくりと大きくおののいた。
「ひ…ぁ…そこ……嫌ぁっ!」
「ここですか……?」
 繰り返し擦り上げてやると、痙攣するように細腰ががくがくと震え、肩にすがった細い指が、きつくシャツ越しの肌に爪を立てる。
 切ないまでにいとおしい、甘やかにすすり泣き続ける恋人を見つめながら、楊ゼンはかわいそうなくらいおののいている柔襞に、強く己の欲望を突き立てる。
「─────っ…っ!!」
 その衝撃に、太公望は声にならない声を上げて昇りつめて。
 激しく収縮するやわらかな肉襞に、楊ゼンも己を解き放つ。
 そして、快楽の余韻に震える華奢な躰を抱きしめ、深く口接けた。










             *           *










「大丈夫ですか?」
「ん……」
 さしのべられた手に掴まり、少しだけふらつきはしたものの、案外しっかりと太公望は立ち上がる。
「辛ければ……」
「いや、大丈夫だ」
 そう答える顔色は悪くはないが、さすがに憔悴したかげ翳りがあって、楊ゼンはそっと頬を包み込むように右手を触れた。
「すみません」
 いつもなら、こういう強引な抱き方にはひどく怒る太公望である。しかも、今回は屋外でのことだ。
 が、何故か今は、少し切なげな淡い微笑未満の表情をにじませて楊ゼンを見上げ、小さく横に首を振った。
「──帰ろう、楊ゼン」
 そう言って恋人を促し、繋いだままの手も振り解かないまま、ゆっくりと歩き始める。
 事の後、言葉もほとんど交わさずぼんやりと寄り添っていた間に、辺りは日暮れに近づいていて、森を通り抜けてゆく風が少々肌寒く感じられる。
 小さなせせらぎに沿って歩きながら、楊ゼンは夕風にそよぐ太公望の黒髪を目で追った。
 ───もしかしたら。
 聞こえていたのかもしれない、と思う。
 先刻、行為の最中に告げた言葉が。
 否、たとえ聞こえていなくても、自分が何を考えているかということくらい、この聡い人は分かっているのだろう。
 ならば、これは言葉での約束を苦手とする人の、せめてもの想いのあらわれなのか。
 そう考えながら、そっと繋いだ手を握る指の力を強くする。と、ためらうようなわずかな間の後、細い手が同じように返してくれる。
 ───先のことは分からなくても、今この瞬間は。
 触れ合った指の温もりが、そう伝えてくれているようで。
 甘くも切ない想いが胸に満ちるのを感じながら、楊ゼンは太公望の速度に合わせてゆっくりと歩いた。
 やがて、散策コースの正規ルートにまで戻ってきた時。
 ちょうど木立ちの向こうに、朱金の夕陽が見えて。
 どちらともなく足を止めて、鮮やかに燃えながらゆっくりと稜線に近付いてゆく太陽を見つめる。
「陽が、沈む……」
「──もう休暇も終わりですね」
 夕風がざわざわと葉ずれの音を立てながら、通り過ぎてゆく。
 そして、夕陽が完全に稜線の向こうに消えるまで。
 二人は言葉を交わすことなく、その場に寄り添いたたずんでいた。






end.










砂吐きシリーズ夏の章の後編。
できる限り無心に作業をしようとしましたが、やはり辛いものは辛いですね。
もとが締切ギリギリで、修羅場中の修羅場に仕上げたものですし、あちらこちらに不本意な部分が・・・・・(T_T)
表紙のインク色の選択がちょっと気に食わなかったり(紙の地色が水色だったので、イマイチ計算がうまくいかなかった・・・・(印刷用色インクは基本的に半透明なので、下の色が影響してしまうのです))、初売りの大阪で、とあるお友達(と言ってもいいんでしょうか?)の有名同人作家さんに「今回、青●でしたね!! 青●!!」とスペース前で大声で叫ばれて悲鳴をあげたりとか、今から振り返ると、色々思い出深い作品です。

とりあえず、このシリーズのラブコメ、あるいはラブラブ風味は、これで打ち止め。次の秋の章と最終話は、完全にシリアスです。
といっても、再録はまだうんと先ですが。特に最終話は、同人誌が出たばっかりなので、再録されるにしても1年以上後でしょう。(というか、再録自体するかどうかも現時点では不明。本の売れ行き次第ですね)





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