Heven in your eyes








「師叔……」
 甘く呼ぶ声に応えて、目を閉じる。
 やわらかな温もりが唇に触れ、戯れるように軽く舌を触れ合わせて、離れる。
「何、考えてるんです?」
 そう問いかけてくる瞳は、まだ先程の熱の余情を残していて。
 返答次第では(次第でなくとも?)、もう1ラウンド、ということになりかねない。
「僕の腕の中で、他所事なんか考えないで下さいよ」
 言葉と共に、ちゅ…、と額に口接けられる。
「駄目か?」
「駄目です」
「ケチ」
「そうですよ。あなたに関しては、僕は極端に心が狭くなるんです」
 キスの雨を降らせながらの言葉に、それは違うだろう、と思う。
 他の者に対しては関心がないから、通常は誰が何をどうしようと気にならないだけであって、根本的にこの男は、好き嫌いが激しくて自己中心的なのだ。
「おぬしがお子様なだけだろう?」
「失礼ですね。あなただって僕に対しては心が狭いじゃないですか」
「そうか?」
「そうですよ。僕の言動にいちいち揚げ足をとって、難癖をつけて。こんな意地悪な人、他に知りませんよ」
「だったら他所へ行け」
「嫌です」
 褥に手をついて、まっすぐに見下ろしてくる。
「あなたがいいんです。意地が悪かろうが何だろうが」
 星明かりの中で、紫を底に秘めた青い瞳は、まるで夜空のように見えて。
 その色が綺麗だ、と思った。
「──悪趣味?」
「ええ。僕は悪食(あくじき)ですよ。あなたが好きで好きで、誰にも取られないように一人占めして食べてしまいたくて仕方がないんですから」
 左手を取られて、手の甲に軽く口接けられる。
 その感触がくすぐったくて心地好かったから、両手を差し伸べて引き寄せた。
 互いの温もりを抱きしめて、キスをして。
 絡み合う甘さに流されながら、
 ───どうして、この男を好きになったのだっけ?
 さっきから妙に気になっている、どうでもいいことをまた思い返す。
「……また何か考えてる」
 ゆっくりと唇を離し、少しだけ不機嫌そうに楊ゼンは呟く。
「別に、他所事は考えておらぬよ」
 集中してないのは、確かだけれど。
 考えているのは、とりあえず目の前の相手のこと。
 だが、それが通じたのか通じていないのか、
「いいですよ、別に」
 楊ゼンは溜息混じりに言った。
「もう何も考えられないようにしてあげますから」
「おぬしにできるかのう?」
「簡単です」
「ふぅん?」
 言い終わるか終わらないかのうちに、またもや唇を塞がれた。
 ───こんな風に挑発にすぐ乗ってくるところは嫌いじゃない。
 巧みな優しいキスも。
 抱きしめてくる腕の強さも。
 世界から自分を隔離してくれる、肩から流れ落ちた長い髪も。
 我儘な独占欲も。
 どれも全部甘くて心地いい。
 ───けれど。
 そんな個々のパーツではなくて。
 一体、この男のどこを好きになったのか、どうしても思い出せない。
 それどころか、この想いがいつ始まったのかも。
「……師叔」
 低く甘い声が、耳元でささやくように自分を呼ぶ。
 それだけで熱が上昇しそうな声も、ぞくぞくするくらいに好きだけれど。
 ───でも一体、どこが良かったんだろう?






 長い戦いの果てに殷が斃れた今、人間界で仙道がすることはもうなかった。
 執務を嫌がる武王の面倒も周公旦と邑姜に任せ、太公望はこの数日、久しぶりにのんびりと時間を送っている。
 どれだけ昼寝をしていても怒られないというのは、十年以上前に西岐の軍師になって以来、久しく絶えてなかったことで、今後のことを思えばいささか気が重くなるものの、しかし心が緩んでしまうのは止めようがなかった。
 禁城の庭園はかなり荒れてはいるが、春の花が咲き乱れていて、それほど悪い風景ではない。
 その中で一人、太公望は大きな木の幹に寄りかかって半分眠りつつ、昨夜から気になっていることをつらつらと考えていた。
 つまり、片腕でもあり恋人でもある青年を、一体いつ、どこを好きになったのか、という問題である。
 ───出会ったのは、もうずいぶんと昔。
 才能を鼻にかけた、いけすかない道士という印象から、頼りになる片腕となり、それが恋人という関係にまで発展したのも、もう数年前の話だ。
 楊ゼンに初めて好きだと言われた時、嬉しいと思ったのは確かで、そうなるとつまり、自分はそれ以前から彼を好きだったということになる。
 だが、それがいつ頃からだったのか、どれだけ考えてもさっぱり分からない。
「気がついたら、いつも隣りに居ったからのう……」
 ふと気づいた時には、彼としゃべるのが──それが他愛ないことであっても、仕事に関することであっても──楽しくて、傍に居てくれると何か安心するようになっていた。
「傍に居たから好きになった……のかのう?」
 でも、それでは安直過ぎやしないか、と太公望は自問する。そんなに自分は単純だったろうか?、と。
 そんなくらいなら、もっと以前に他の相手を好きになっていてもおかしくない。崑崙に登仙して以来、つきまとってくる相手は、それこそ虫の数ほどいたのだ。
「うーむ」
 首をかしげて腕を組んだ時。
 不意に右手の植え込みが、がさがさと音を立てて揺れた。
「──あら、太公望」
「蝉玉」
 現れたのは、仙道の中でも一番の元気者の少女だった。(彼女の実年齢は既に三十を越えているのだが、そんなことは誰も気にしていない)
「どうしたのだ?」
「ハニーを探してるのよ。お茶しようと思ったのに、あたしが準備してる間に逃げちゃって……太公望、見なかった?」
「いや、こっちには誰も来なかったぞ」
「そう」
 見るからにがっかりした様子で、蝉玉は渋い表情で息をついた。
「どーしてハニーったらすぐに逃げちゃうのかしら。照れ屋さんなのは分かってるけど……」
 その呟きに、太公望は微苦笑をこぼす。
 思い込んだら一直線の蝉玉が強引なのは確かだが、しかし太公望が見たところ、土行孫も本気で彼女を嫌がっている感じではない。むしろ、こんな風に自分を思ってくれる女性は他にいないと、ちゃんと分かっている節がある。
 が、いかんせん蝉玉が過激すぎるために、つい逃げ腰になってしまうようなのだ。
 女好きといいつつも案外、女の子を追うばかりで追われたことがない分、どう対処していいか分からない部分もあるのだろうと太公望は思っていた。
 それこそ、ひどいたとえではあるが、蝉玉のことをエイリアンのように感じているのかもしれない。
「本当におぬしは土行孫のことが好きなのだのう」
「もちろんよ!」
 何を今更、といった感じで蝉玉は腰に手を当てて太公望を見下ろした。
「あたしはハニーさえ居てくれたら、他には何にもいらないもの」
「それは分かっておるが……」
 何しろ、彼女は恋を貫くために上司である聞仲を裏切り、殷への忠誠を誓っていた父親を説得してまで周に寝返ったのである。いろいろ問題はあれど、その一途さは折り紙付だった。
「のう、一つ聞いても良いか?」
「何よ?」
「おぬし、土行孫のどこが好きなのだ?」
「そんなの、全部に決まってるじゃない」
 太公望の問いかけに、蝉玉は即答する。
「顔も、丸くて可愛い体型も、すっごく男らしい性格も、ぜーんぶ丸ごと大好きよ。ハニーより素敵な人なんて世界中探したって、どこにも居ないわ!」
 そう高らかに言い切った。
「では、何故好きになった?」
「何故って……好きになった理由?」
「うむ」
「そんなの、理由なんかないわ」
「ない?」
「うん」
 蝉玉はうなずく。
「だって、出会った瞬間にビビッときたんだもの。ハニーが空の上から落っこちてきて、目と目が合った瞬間に好きになったのよ」
「……なるほど」
 説得力があるようなないような答えに、何となく納得して太公望はうなずいた。
「理屈じゃないというわけか」
「そうよ。──なに、太公望。あんた、また何かごちゃごちゃ考えてるの?」
 ふと、蝉玉がうろんな目つきになる。
「またって……」
「そうじゃない。前にもいつだったか、なんであんなのと付き合ってるんだろうとか言ってたの、あたしは覚えてるわよ」
「………そうだったか?」
 すっとぼけようとした太公望だが、そうは問屋が下ろさない。蝉玉は土行孫を探していたことなどすっかり忘れた様子で、太公望と向き合った。
「なあに、楊ゼンのヤツにまだ何か不満でもあるの?」
「そういうわけではないんだが……」
「じゃあ、何よ」
「いや、別に不満とかそういうことではなくて……。まぁ、確かにあやつは相変わらず馬鹿だがのう」
「でも、あんたはあいつのこと好きなんでしょ?」
「………それは、まあ」
「じゃあ問題なんかないじゃない」
 蝉玉は腕を組んで、大木の根元に座り込んだままの太公望を見下ろした。
「楊ゼンがあんたのことが好きで好きで仕方ないのは丸見えだし、あんただって好きなんでしょ? だったら何にも考える必要なんかないわよ。好きなら好きでいいじゃない」
「……乱暴な理屈ではないか?」
「どこが!?」
「どこがって……」
 言い淀んだ太公望に、蝉玉は指を突きつける。
「いーい、太公望。楊ゼンは全然あたしのタイプじゃないけど、顔はいいし、いけすかないけど実力はあるし、あんたにこれ以上ないくらい尽くしてるのよ。真剣にあんたのこと好きなんだから、ちょっと馬鹿でマヌケなくらい、目をつぶってやんなさいよ」
「………その言い草はひどくないか? 一応、あれはわしのだぞ?」
「だからよ。あたしの男じゃないもの」
 自称美少女は、形よく膨らんだ胸を張って言い返した。
「とにかく! いい加減うだうだ考えるのはよしなさいよ。恋は理屈じゃないんだから」
「……それは分かった」
「そうよ、だから……」
 続きかけた言葉を遮るように、太公望は続ける。
「忠告はありがたいが、蝉玉、おぬしは土行孫を探しておったのだろう?」
 その言葉に、
「そうよ! いけない、早く探さないとお茶が冷めちゃう!!」
 蝉玉ははっと我に返ったように叫んだ。
「すまなかったな、足留めを食わせて」
「──ちょっとムカつくけど、いいわよ。あんたの恋愛相談をできそうな人間なんて、周広しといえどもあたしくらいだもんね」
 許したげるから、あんたもごちゃごちゃ考えてるんじゃないわよ、と言い残して、蝉玉は茂みをかき分けながら中庭を抜けてゆく。
 その後ろ姿を苦笑して見送りながら、太公望は小さく溜息をついた。
「──恋は理屈じゃない、か」
 そして、ことんと頭を木の幹に預ける。
「だが、気になるからのう……」
 馬鹿でもマヌケでも、好きなのは本当。
 でも、どうして好きになったのか分からないというのは、なんだかすっきりしないのだ。
 蝉玉のように、分かりやすいきっかけでもあったら簡単なのだろうけれど。
「どこが良かったのかのう、わしは……」
 呟きながら、うららかな陽気に太公望はあくびした。






 ふわりと意識が浮上する。
 ぼんやりと開いた視界に青い流れが映って、夢うつつのまま、手を伸ばしてそれを掴んだ。
「……いつ来たのだ?」
「半刻近く前ですよ。蝉玉が、あなたが待っていると教えてくれたんですが……よく眠ってらっしゃいましたね」
「うむ」
 うなずいて小さくあくびし、隣りに腰を下ろしている彼の肩にぽて、と寄りかかる。
 春風になびく彼の長い髪を手の中でもてあそびながら、太公望はまだ半ばぼんやりしたまま、問いかけた。
「のう楊ゼン」
「はい?」
「おぬし、わしが好きか?」
「…………何言ってるんです、今更。寝ぼけてるにしても酷いですよ」
 呆れ返った声に、きっと端整な眉をひそめているのだろうなと推測して、太公望は目を閉じたまま、くく…と小さく笑う。
「では、わしのどこが好きだ?」
「──どこって……全部ですよ」
「全部では分からぬ」
 わーかーらーぬー、と子供のように繰り返して、髪を引っ張る太公望に、楊ゼンは痛いですよ、と抗議して溜息をついた。
「全部と言ったら全部ですよ。こういう我儘なところも意地の悪いところも、全部。あなたなら、何がどうあっても丸ごと好きです」
「蝉玉と同じことを言う……」
「は?」
 怪訝そうな声に、また太公望はくく、と笑った。
「では、一番最初に好きになったところはどこだ?」
「一番最初?」
「うむ」
 目を閉じたままうなずく太公望に、いい加減楊ゼンも諦めたのか、また溜息をついて片手を上げ、太公望のやわらかな髪を指で梳く。
「一番最初というと……やっぱり、あれかな」
「ん?」
「瞳、ですね。あなたの」
「瞳?」
 楊ゼンの答えに、太公望は目を開けて至近距離から彼を見上げる。
 己の肩に頭を預けたままの太公望を、楊ゼンは甘やかな色の瞳で見つめた。
「あなたと初めて会った時、僕が三尖刀で攻撃したでしょう?」
「うむ。あれはムカついたぞ」
 太公望の言葉に楊ゼンは微苦笑を浮かべつつ、髪を撫でていた指でそっと目元に触れる。
「あの時、僕の攻撃を受け止めたあなたは、まっすぐに僕を見つめ返した。──あれが一番最初です。多分」
「……そんな前から?」
「自覚したのは、その後の話ですけどね。ただ、あなたを意識した一番最初となるとそれしかないかな、と」
「────」
 甘く響く声で告げられて、太公望はまばたきした後、ふと考え込む。
「師叔?」
 その表情を見止めた楊ゼンが、怪訝そうに名を呼んでも答えない。


 ───最初に出会った時は。
 いけすかない奴だ、と思った。
 自信に満ち溢れた彼は、ひどく嫌味な表情をしていて。
 傍らにいた四不象は美形だの何だの騒いでいたが、自分はちっともそうとは思わなかった。
 だが、言われてみれば、自分も彼の瞳は印象に残っている。
 咄嗟には表現しがたい綺麗な色合いの瞳は、どうしようもなく冷ややかで、あからさまにこちらを見下していて。
 禁城で妲己に獲物をなぶるような視線で見つめられた時よりも、ムカついて腹が立った。
 ───ということは、好きになったのは出会った時ではないのか。
 実際、あれだけ神経を逆撫でされたことはなかったわけだし、あのムカつきを恋の始まりと呼ぶのは、少々難がある。
 ───ああ、でも次に出会った時は違っておったのう。
 二度目に出会ったのは、土行孫の騒動に四不象が巻き込まれた時。
 相変わらず自信には満ち溢れていたけれど、まなざしは格段にやわらかくなっていて。
 綺麗だな、とごく自然に思ったのだ。
 だが、それがきっかけかというと、それもイマイチしっくりこない。
 ───では、一体いつが始まりだ?


「〜〜〜〜分からぬのう」
「はい?」
 黙り込んだ挙句、突然渋い顔で呟いた太公望に、楊ゼンは眉をひそめる。
「何なんですか、師叔。さっきから一体……」
「だから分からぬのだ」
「何がです」
「いつ、どうしておぬしを好きになったのか」
「は……」
 一瞬、呆れたような表情になったが、それでも楊ゼンは何とか事情を察したらしい。
「……もしかしたら、昨夜からそれ考えてたんですか」
「───」
 上目遣いで見上げる太公望に、楊ゼンは溜息をつく。
「また今更なことを……」
「だって気になるのだ。仕方なかろう」
「そうじゃなくてですね……。あなた、本当に分かってないんですか。御自分のことなのに」
 呆れ返った声で言われ、太公望は眉をしかめた。
「──何だか、おぬしは分かっておるような言い草だのう」
「だって実際に分かってるんですから」
「………は?」
 思いがけない返答にきょとんとした太公望の大きな瞳を、呆れを込めた目で見つめて、楊ゼンは続けた。
「いつかも何も、あなた、僕に一目惚れだったでしょう?」
「───は…ぁ?」
「最初に出会った時ですよ。あなたが僕を好きになったのは」
 思いがけない言葉に。
 太公望は大きな瞳がこぼれ落ちそうなほど、目をみはる。
 が、次の瞬間。
「それは違うぞ!」
 眉をつり上げて、叫んだ。
「最初に会った時、わしはおぬしの態度にムカついただけで……!」
「じゃあ、いつだと思うんです?」
「それは……」
 問い返され、言葉に詰まった太公望に、楊ゼンは軽く溜息をつく。
 そして、身体の位置を少しずらして太公望に向き合った。
「あなたね、僕を誰だと思ってるんですか。あなたと違って僕は、誰かが好意を向けてくれたら、すぐ気付きますよ。──僕たちが二度目に会った時のこと、覚えてるでしょう?」
「────」
「あの時、あなた、僕を見てすごく嬉しそうな顔をしたんですよ。それから僕としゃべっている間も、本当に楽しそうで……。四不象が土行孫と碧雲を送り届けて戻ってきて、別れる時は、名残惜しそうな顔で早く下りて来いと、そう言ったんです」
 これでもかと言いつのられて、太公望は悔しさ半分で頬に朱を上らせる。
「だが、それは……!」
 しかし、楊ゼンは太公望の言葉をさえぎるように続けた。
「そんなあなたを見て、すごく嬉しかったんですよ、僕は。それで気付いたんです。僕もあなたが好きなんだと……」
「!」
「でも、あなたは自覚がなさそうだったから、告白するのは気付いてくれるまで待とうと思っていたのに、いつまで経っても気付いてくれる様子がないし……」
 我慢の限界だったんですよね、とぼやく楊ゼンに太公望は絶句したまま、それでも反論の言葉を捜す。
 が、それが見つかる前に、楊ゼンが手を伸ばして華奢な身体を抱き寄せた。
「本当に……我儘で意地が悪いだけじゃなくて、一番大事なことにも言うまで気付いてくれないんだから……。つくづく僕は趣味が悪いんですね」
「なっ…!」
 溜息まじりの声に、太公望は逃れようともがく。が、楊ゼンの腕はしっかりと  太公望の華奢な躰を押さえ込んでいて、緩む気配もない。
「今だってね、あなたは僕と話してる時、他の人といる時と全然表情が違うんですよ」
 どうせ自覚してないんでしょうけど、と楊ゼンは腕に力を込める。
「離さぬか! 苦しい!!」
「嫌です」
「楊ゼン!」
「だって、あなたは僕のものなんですから」
 たわけ!、と言う間もなく、そのまま体重を掛けられて太公望は仰向けに倒れこんだ。
「こんな昼間から何をする!」
「誰も来ませんよ、こんなとこ」
「わしも蝉玉も来たではないか!!」
「痛いですって!」
 肩から流れ落ちた髪を力任せに引っ張られて、楊ゼンはようやく腕の力を緩める。
「────」
 太公望はまだ押し倒されたまま、楊ゼンも彼に覆い被さるような姿勢のまま、互いに非難するようなまなざしをかわして。
 そして。
 どちらからともなく、くす…と笑った。
「まったくもう……」
「おぬしこそ……」
 笑いながら互いを抱きしめ、額を合わせて瞳を覗きこむ。
 それから、ついばむような軽いキスを繰り返して、ゆっくりと唇を重ねた。
 どこまでも甘い熱を感じ合い、深く触れ合う感触に溺れる。
 世界には自分たちしか存在していないと思えるような一瞬が、ただ心地好くて。
 長いキスの後、目を開けた太公望は微笑して楊ゼンを見上げた。
「……続きは、また夜にな」
「えー」
「当たり前だ、阿呆」
 軽く肩を押しのけるようにして、太公望は起き上がる。
 それから、不満げなふりをしつつも手を伸ばして支えてくれた楊ゼンを見つめ、小さく笑う。
「何です?」
「いや、所詮は蝉玉レベルなのかとな」
「?」
 怪訝そうな顔をした楊ゼンの胸に、太公望はとん、と頭を預けた。
 ───目と目が合った瞬間に、恋に落ちるなんて。
 あまりにも単純で、馬鹿馬鹿しい。
 でも、いくら考えてもいつ好きになったのか、どこを好きになったのか分からないから、結局そういうことになるのかもしれない。
 ……楊ゼンの方が気付いていた、というのは、何だかムカつくけれど。
「恋は理屈じゃないらしいからのう?」
「だから、訳分かりませんって。蝉玉が何か言っていたんですか?」
「それは内緒」
「───だからですね、師叔」
 秘密主義もいい加減にして下さいよとぼやく言葉を聞きながら、腕を広い背中に伸ばして抱きしめる。
「とりあえず、好きだぞ? 馬鹿なとこもマヌケなところも、全部丸ごと」
「………知ってますって。もう……」
 溜息まじりの恋人の声に、太公望は小さく笑って目を閉じた。





end.










深夜に寝ぼけた頭で思いついたストーリーを翌日に書いた、突発作品。
さて、より趣味が悪いのはどちらでしょう?(笑) (いいえ、本当に趣味が悪いのは、原稿もやらずに半日かけてこんな話を書く私。しかも全然まとまりないし……)
本当はもっと可愛い話だったんですけど、乙女師叔は同人の方でさんざん書いているので食傷気味らしく、イマイチ可愛げのないつよすー風味になってしまいました(^^ゞ
……しかし、師叔って楊ゼンのどこが良かったんでしょう?
好きなのは分かるんですけど、そのきっかけがさっぱり分からないんですよね。やっぱり出会った瞬間に一目惚れだったのでしょうか??





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