ぱたんと耳の横で扉が閉まる音を聞いて、太公望はずるずるとその場に座りこんだ。
「一体……」
 何だったというのか。
 真っ白になった頭で、太公望は呆然と考える。
 楊ゼンは、一体何を言って、何をした?
 覚悟してもらいますって、何をだ!?
 呆然としたまま、太公望は頭を上げた。後頭部が扉にゴン、と音を立ててぶつかる。
「普賢……おぬしは、あやつに何を言ったのだ……?」
 どうやら自分の夢に出た後、楊ゼンの夢にも出て、相当ヤバいことまで喋っていったらしい友人に対して呟きかける。
「わしは呪われておるのか?」
 一日、否、ほんの数刻の間に、信頼する仲間二人にキスされるとは。
 しかも、その言動から察するところ、彼らの想いは前からのもので、自分が気がついていなかっただけのことらしい。
 おまけに、どういう経緯でそういう気になったのかは知らないが、彼らは実力行使に出る気になったようなのだ。
 太公望にしてみれば、あまりにも唐突なこの展開だが、彼らはそうは思っていない。
 このまま冗談で済ませる気がなさそうなのは、さすがの恋愛音痴にも分かって、太公望は真っ白になった脳味噌で、懸命に思考を巡らせる。
 ……とりあえず普賢真人の方は、この際どうでもいい。
 もう、この世の存在ではないのだし、もう二度と会うこともあるまい。雰囲気に流された自分にも全く原因がないわけではないし、初めてとはいえ、たかがキス一つだ。
 だが、楊ゼンは。
 ───覚悟してもらいますよ、太公望師叔。恨むのなら、僕を焚きつけた普賢師弟を恨んで下さい。
「〜〜〜〜!?」
 先程聞いたばかりの台詞を思い出した途端、既に半ば空転していた思考が、完全に空回りし始める。
 脳裏はそのままホワイトアウトして、崑崙最高の頭脳を持つ大イカサマ師とまで言われた太公望は、完璧にフリーズ状態に陥った。
「覚悟してもらいますよ、って……」
 これほど不吉かつ不穏な響きの台詞を、太公望は聞いたことがないし、こんな風に呟いたこともない。
 太公望は、今まで想像したこともない類(たぐい)の我が身の危険が迫っていることに気付いて、ますます呆然とする。
「一体……わしはどうすれば良いのだ……?」
 だが、宙に向けて問いかけても、誰も答えてくれるはずがない。
 恋愛音痴には理解不能に近い急転直下の事態に、太公望は一人で混乱した頭を抱えたのだった。





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