冬物語 〜4. 雪曇り〜











「だーかーらー、こんな天気に客が来るわけがなかろう」

勢いよく受話器に向かって喋る声が、ダイニングキッチンにまで明瞭に聞こえてくる。

「は? 昨日が客が来たからって、今日は昨日より雪が積もっておるのだぞ。そんな物好きが幾らもおるものか」

少々賑やかなBGMに、かすかな苦笑を口元に滲ませ、楊ゼンはドリップから落ちてゆくセピア色の雫を見つめる。

「たとえ来るとしてもだ、大した数ではなかろう。たまには自分でカクテルをサービスするのも悪くないぞ。とにかく、雪が解けるまで、わしは絶対に行かぬからな」

実に素っ気ない、無情な台詞とともに、受話器を電話機に戻す音が聞こえた。
今度こそ本物の苦笑を零しながら、楊ゼンは二つのカップにコーヒーを注ぎ、片方にはミルクとシュガーもたっぷり加える。
そして、カップを両手にリビングへと戻った。

「はい、どうぞ」
「お、すまぬな」
「いえ・・・・。それよりも太乙さん、泣いてたんじゃないですか?」
「うむ、泣いておったとも」

すまして答え、ソファーに腰を下ろした太公望はカップに口をつける。
普段の太公望は、ミルクなしで砂糖をスプーンに軽く一杯加えただけのコーヒーを好んでいるが、寒い今日に限っては気分が変わったらしく、楊ゼンが受けた飲み物のリクエストは、甘いカフェオレだった。

「いいんですか」
「構わぬさ。こんな天気だ。わざわざ酒を飲みに来る物好きなど、数が知れておる。あやつ一人で十分に捌けるだろうよ」
「それはそうでしょうけどね」

けれど、その物好きが、あの酒場の常連には多い気もする、と楊ゼンは内心で思う。
太公望の長年のアルバイト先であるバーは、歓楽街の真ん中にありながらも、微塵も浮ついたところのない独特の雰囲気が持ち味で、好んでその空気を求めてやってくる客は多いのだ。
つい先日も、世間のクリスマスムードを綺麗さっぱり無視して、いつも通りの営業をしていた酒場に訪れた客は、常に空席が見当たらない程度にはいたのである。
それを思うと、この地方では珍しいほどの雪だからこそ、わざわざやってくる客がいてもおかしくなかった。

「とにかくだ。雪が降っておるのに、家から一歩も出たりなどするものか」
「・・・・寒さ嫌いも、そこまで来ると立派だと思いますよ」

半ば本気で呆れながらも、楊ゼンは自分のブラックコーヒーを一口飲む。
その時の気分で好みが変わる太公望と違い、楊ゼンはブラック以外のコーヒーを飲むことは滅多にない。

「だが、それで問題はないだろう? 一昨日、買い物に行ったばかりだから、冷蔵庫の中は満杯だし、急を要する用事もないし」
「それはそうですけど」

淡い苦笑を滲ませながら、楊ゼンはリビングの窓の外を見る。
昨日の午後から降り出した雪は、夜半から今日の午前中までは一時やみ、晴れ間も見えていたのだが、1時間ほど前からまた降り出している。
この家のさほど広くない庭も、既に雪に埋もれて真っ白だった。

「まるで、カメハメハ大王の子供たちですよね」
「うん?」
「ほら、歌にあるじゃないですか。風が吹いたら遅刻して、雨が降ったらお休みで、って」
「ああ、お后は朝日の前に起きて、夕日の前に寝てしまう、すごい王家の歌か」
「ええ」

寒くなったら遅刻して、雪が降ったら連日お休み、と続けた楊ゼンに、太公望は肩をすくめる。

「別にいいではないか。昨日にせよ今日にせよ、無断欠席をするわけでなし」
「かもしれませんけど」
「文句があるのなら、おぬしがわしの代わりに行って、臨時のバーテンをやってこい」
「嫌です」

即答して、楊ゼンはコーヒーカップをローテーブルに置いた。

「せっかく、週明けでもないのに二晩続きで、ゆっくりあなたと過ごせるのに。一人でどこかに行くわけがないでしょう?」
「このまま、明日の日曜もバイトを休めば、月火の定休日を合わせて五晩連続だぞ?」
「そういう悪魔のささやきをしないで下さい。誘惑されそうになるじゃないですか」
「されれば良いだろう? よその悪魔に誘惑されたわけでなし」
「あなた以外の人になんか、相手が天使でも悪魔でも誘惑されたりしませんよ」

冗談めいた会話が、ふいに睦言の色合いを帯びて。
くすくすと笑い合いながら、二人は互いの背に腕を回す。

「・・・・太乙がいい面の皮だな」
「たまにはいいんじゃないですか?」
「うむ。たまには、あやつも酒場のオーナーらしく働けば良いのだ」

キスの合間に、そんなささやきを交わして。
ゆっくりと二人はソファーに倒れこんだ。
















冬物語第4弾。
夕方から、この人たちは一体、何をやってるんだか(笑)

でも、雪だろうが雨だろうが関係ないんですよ、本当は。
楊ゼンも太公望も、お互いがいればそれで満足。
実に、勝手にやってろ的な二人です。



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