#091:サイレン







何が・・・・、と読んでいた本から目を上げた。
繊細なレースのカーテン越しに見える空は、どんよりと重い色に染まっている。
殆ど雲しか見えないその風景の中には、違和感を覚えるようなものは何もない。
だが。

ざわり、と言葉にできない何かが背を這い上がる。

「楊ゼン・・・・?」

決して初めてではない。覚えのある感覚だった。
ひどく嫌な、怖気にも似た違和感。
思わず、カードを、とローテーブルの端に目を向け、手を伸ばしかけて。
動きを止める。

依頼がない限り、他人については決して占わない。
幼い頃から祖父に言い含められ、己でもまた律してきた規則(ルール)を今、こんな私情のために破ることはできない。
ましてや、視たいと思う相手が彼であるなら、尚更に。
目の前にすら居ないのに、真実しか語らないカードを無断で開くわけにはいかない。

「───・・・」

ともすれば伸びてしまいそうな指先をきつく握りこんで、唇を噛む。
その時。








遠く、ガラスの窓越しに届いた大気を揺さぶる重い音と共に、建物全体が瘧(おこり)のように震えた。








「っ!?」

思わず窓を振り返って立ち上がった瞳には、しかし何も見えない。
どちらの方角か、と今度は躊躇わずに、裏を向けて重ねてあるカードを手荒く崩して広げ、そこから一枚を抜き出す。

「ペンタクルの10・・・山の手か」

豊かな富と家柄を示すカードに、太公望は舌打ちする。
あいにく、仮の住まいであるこの高級マンションの部屋は南向きで、しかも玄関を出ても、北側の通路は住民のプライバシーを守るためにエレベーターがあるのみであり、外を見ようと思ったらマンションの建物外に出るしかない。
隠遁している身でそんな物見高い真似をするわけにはいかず、太公望は気持ちを落ち着かせるように一つ息をつき、テレビのスイッチを入れた。
いずれにせよ、何かの事件が・・・・おそらくは爆発が起きたに違いないのだ。すぐに特報が入るに決まっている。

「何があった・・・・・?」

ソファーにもう一度身を沈めながら、太公望は目の前にはいない相手に向かって問い掛ける。
一体誰が見ているのかと思うほどどうでもいい内容の昼番組を放映していたブラウン管に、高級マンションで起きた爆発事故を告げるテロップが流れ、特報ニュースへと切り替わったのは、それから十分以上が過ぎた頃だった。











昼前からどんよりと垂れ込めていた雲から、大きな雨粒が落ちてきたのは、ちょうど日暮れ時だった。
雨はたちまちのうちに本降りとなり、ガラスに水滴が当たっては落ちてゆくその音は、まるで喧騒に満ちた街の埃を洗い流すようにも聞こえ、激しくなるばかりのそれを気にしながら、太公望は、繰り返し報道される爆発ニュースの画面を、ただ眺める。

昼間の爆発事故の原因は、老朽化した配管から漏れたガスだと報じられていたが、太公望の感覚は、それでは納得しなかった。
ブラウン管に映し出される炎は、そんな不運な偶然による事故ではなく、もっと人為的な何か──悪意を感じさせる、そんな不吉さ、あるいは凶悪さに満ちて、濃灰色の雲を背景にちらちらと乱舞している。
燃え上がった炎は風に煽られて、事故の起きたマンションの上層を包みこみ、既に確認されただけでも死者は五人に上っていた。負傷者の数は、どれほどなのか未だに知れない。
だが、昼前に出かけたまま、まだ戻らない青年の身に何かが起きた、とは太公望は思わなかった。

これだけの事故である。もしかしたら多少の怪我くらいは負っているかもしれない。
しかし、必ず生きてはいる。
根拠も何もなくそう信じる感覚を、、何と呼ぶべきなのかは分からない。
が、命に関わるようなことがあれば、必ず分かる、という確信が太公望にはあった。

これまでも、いつも感じ取ってきたのだ。
身近な人の死は、本当に直前にならなければ感じ取れないから回避することは不可能ではあるものの、死そのものが誰かの背に忍び寄る瞬間には、必ず言葉にできないような感覚を味わった。
それこそ、母の時も祖父の時も。
あえて言うのなら、天が崩れ落ちてくる時には、あんな感覚を覚えるのかもしれないとも思える。──そんな異様な感覚に比べれば、まだ今日感じたものは十分に嫌なものではあったが、まだ浅い。
だから、命に別状があるはずがない、とは思えるのだが、しかし、彼がこの事故に何らかの関わりを持っているという事に関しても、また己の直感を疑う余地はなくて。
そして、普段、三時間以上の外出は決してしない彼が、今日に限っては半日過ぎても戻ってこないことが、今はひどく気がかりだった。

繰り返し同じ映像を放送し続けるブラウン管を眺めているうちに、まさか、このままもう戻ってこないのではないのか、という疑念すら、ほのかに脳裏をかすめる。
己のカードを信じるのであれば、そんなことは有り得ないはずなのだが、自分の能力にも限界があることは重々承知している。実際、今日の事故にしても、一瞬前までは、かけらほども予測できなかったのだ。
だから、戻ってこないかもしれない、というこの漠然とした思いも、実は確定した未来を感じ取っているだけなのかもしれない、と心の中で一人ごちる。

───否。

本当に知りたい気があるのならば、今すぐにカードを開けばいいのだ。
そもそも、もっと積極的に楊ゼンのことを占おうとしていれば、今日という日の結果も違ったものになったのかもしれず、あるいは事故そのものを避けられたかもしれない。
自分のカードには、それだけの力がある。
・・・・けれど、そう思いながらも、決して指はカードに伸びなかった。
それは過ぎたことを悔やんでいるからこそ思う事であって、たとえ過去に遡ることができたとしても、楊ゼンからの要請がない限り、彼に関わることを視るのは、やはり自分は躊躇うしかない。
ルールというものはそういうものなのだ。余人には解らないほどに当事者を縛り、どれほど苦しいと思っても、破ることは容易くない。

「今どこに居る・・・・?」

呟いた声には、何も返らない。
そのままガラスを叩く雨音に身を浸しながら、何度も繰り返されるVTRを背景に、興奮した言葉をまきちらしているTVのリポーターの姿を眺める。




と、その静寂とはいえない静寂を破って、玄関のチャイムが鳴った。




はっと顔をそちらへと向けると、錠が開けられ、ドアの開閉する確かな物音と共に人の気配が室内に滑り込んでくる。

「楊ゼン?」
「すみません、遅くなりました・・・・」

そう言いかけた青年の声が。
居間の入り口で硬直する。
全身を雨滴に濡らし、鋭いばかりの瞳で居間の奥、ブラウン管の画面を目をみはるように凝視して。

「ニュースを消して下さい!!」
「!?」

突然の声に、太公望はびくりと肩を震わせ、

「え、あ・・・・」

急いで立ち上がり、TVのスイッチを回し消す。
そして、ゆっくりとした仕草で、楊ゼンを振り返った。

「楊ゼン・・・・?」
「す・・・みません。すみません、師叔・・・・」
「いや、別に良いが・・・・」

怒声を向けられた太公望よりも、声を荒げた楊ゼンの方が戸惑い、うろたえているようだった。
初めて見るその姿、その表情に、何が・・・、と近寄ろうとした太公望を避けるように、楊ゼンは廊下へと身を引いて。

「すみません、少し疲れているようです。シャワーを浴びてきますから・・・・」

そのまま太公望の返事も聞かずに、浴室へと消える。
一人取り残された太公望は、しばらくの間その場に立ち尽くし、それから、ぎこちない動きでソファーに腰を下ろして、ゆらりと暗色のブラウン管を振り返る。

「・・・・・・・・」

何が在ったのかは、分からない。
分からないけれど。
確かに何かを感じていたはずなのに、何一つ出来なかった己の無力が、ひどく虚しかった。














トントン、と二度のノックをしても、返事はなかった。
だが、構わずに太公望は、そっとドアを開ける。
サイドランプをつけただけの部屋は仄明るかったが、空調は入れていないようで温かいとは言いがたかった。
その中にゆっくりと踏み込み、ベッドに腰を下ろしている相手へと歩み寄る。
近くで見ると、まだ濡れている髪に雫がつきまとっていて、それが時折、肩にかけたタオルに吸い込まれてゆくのが分かる。

「・・・・食事はしておらぬのだろう。少し中から体を温めるといい」

静かに言い、サイドテーブルに小さなトレイに載せた、少しだけブランデーを垂らしたホットミルクを置く。
と、低い声がかすかに室内を震わせた。

「師叔」
「何だ?」
「契約を破棄する気はありませんか」
「・・・・何故」

何故、と問いかけるのは、ひどく難しかった。
けれど、問わねば話が進まない。それが分かっているから、太公望はそれ以上は言わず、無言で相手の返答を待つ。
何秒沈黙が続いたのだろう、二人が出会ったあの夜と同じ、低く抑揚のない声が静かに言葉を紡いだ。

「あなたは死にたくないから、僕を雇ったんでしょう? ならば、今日限りで契約を破棄した方がいい。僕を側に置いても、あなたの命は守れません」
「・・・・何故、急にそんなことを?」

おぬしが追っ手持ちであることは最初から知れていた、と太公望も声から感情を消したまま、問い返す。
しかし即答はなく、先ほどにも増して長い静寂が二人の間に落ちた。

「・・・・・今日の爆発事故で、」

楊ゼンの声は、変わらず低かった。

「死んだのは、僕の親代わりだった人物です。もちろん事故ではなく、謀殺です」
「え・・・・」
「これで僕が生きて、この街に居ることは敵に知れた。遅かれ早かれ、あなたの身近に居ることも気付かれるでしょう。そうなれば、あなたは終わりです。僕の関係者だと思われたら、逃れる術はないと考えて間違いない」
「───・・・」

淡々とした言葉に、太公望は目をみはる。
そのまましばらく、身動き一つすることなく立ち尽くして。
それから数秒の間、ものを思うようにまなざしを落とし、ゆっくりと足を踏み出した。

「・・・・・」

人半分ほどの間隔を空けて、ベッドに並んで腰を下ろした太公望に、楊ゼンが驚いたように顔を向ける。
だが、太公望は楊ゼンの方を見ないまま、静かに口を開いた。

「契約を、解消しても良い」
「師・・・・」
「だが、それは今夜一晩限りの話だ」
「え?」

言葉の意味を捉え損ねて、眉をひそめた楊ゼンを、ゆっくりと顔を上げた太公望はまっすぐに見つめる。

「わしのことは後でいい。今は自分のことを考えよ、楊ゼン」
「・・・・どういう意味です」
「己の痛みを無視するな、ということだ」

まなざしと同じく、太公望の声には淀みがなかった。

「無理に抑え込んだ痛みは、消えることのない傷になる。そんな歪みを作るな」
「・・・・あなたに何が分かるというんです?」

もとより低かった声が、更に温度を下げる。
太公望を見つめる楊ゼンの瞳が、ひどく冷ややかに光った。

「あなたには何も関係ない。世迷い事など口にする暇があるのなら、さっさと契約を破棄すればいい」
「・・・・・確かにわしには関係ない。だが、肉親を殺される痛みは、わしも知っておるよ」

楊ゼンのまなざしを受け止めたまま、太公望はあくまでも静かな声で答える。

「わしの祖父は、『太公望』と間違われて路上で刺された。その犯人はおそらく、まだこの街で生きておる」
「・・・・だから、何だというんです?」

楊ゼンの声も瞳も、殺気すら帯びて太公望を貫き、

「同類に対する憐れみですか? 同情ですか? それとも・・・・」

さりげなく伸びた腕が、咄嗟に避ける間もなく、一瞬の動きで太公望の肩をベッドの上に引き倒した。

「慰めてくれるとでもいうんですか、あなたが・・・・」
「・・・・・のう、楊ゼン」

己の雇った青年に組み敷かれながら、しかし、太公望は顔色一つ変えなかった。
ただ静かに、薄明かりの中で光る青年の瞳を見つめる。

「おぬしが、そうして憤るのは何のためだ? どうしてわしの言葉に苛立つ?」
「────」
「それだけのものが胸の内にあるのに、今、わしのことなど気遣う必要など、どこにある? 所詮、どれほど長くとも後二年足らずしか持たぬ命だ。そんなものより今は、もっと大切なことがあるだろう?」
「───・・・」
「おぬしが自分を責めるのは仕方のないことなのだろう。だが、そんなに自分を傷つけるな。過剰な痛みは、取り返しのつかない歪みを生む。辛いなら辛い、悲しいなら悲しいで、何がいけない?」
「・・・・僕は」



「もう良いよ、楊ゼン」



静かな声と共に、太公望の左手が、そっと楊ゼンの顔に触れて。

「大切な人だったのだろう? 今夜は契約のことなど忘れて、その人と自分のために過ごせばいい。痛みを見て見ぬ振りをするな」

冷えた頬を包み込むような細い手のぬくもりに、楊ゼンの瞳が驚いたように見開かれる。

「師・・・叔・・・・」
「今夜のわしは、おぬしの雇い主ではない。そうだな、ただの通りすがりとでも思えば良い」

何を言っても、それはその場限りで消える。
だから良いのだと、凛と響く声が哀しいほど静かに告げて。

「・・・・・・」

そのまま二人して硬直したように、何十秒が過ぎたのか。
その間、太公望は決して視線をそらさなかった。
まばたきすらしていないのではないかと疑うほどの静けさで、ただ青年の瞳を見つめて。
やがて、手負いの獣を思わせた青年から、触れるものの肌すら切り裂いてしまいそうだった殺気が薄れ、完全に消え失せる。
そして楊ゼンは、頬に触れたままの、ほのかな温もりを振り払うことなく、ゆっくりと目を伏せた。

「・・・・・・あの人を、巻き込むつもりはなかった」

ぽつり、と響いた声は、低く揺らいで。

「僕という存在に関わっている以上、無事に居られるはずがないとは分かってました。それでも、あの人だけは、巻き込みたくなかった・・・・!」

抑えた、けれど血を吐くような叫びに、太公望は何も言わず、顔を伏せた青年を見つめる。
痛みを映した瞳で見上げたまま、頬に触れる左手はそのままに、もう片方の右手で冷え切った青年の髪をそっと梳く。
濡れた髪は重く指に絡み付き、零れ落ちるそれをゆっくりと太公望は撫でる。

と、楊ゼンがまなざしを上げて。
二人の視線が合った。

「────」

より痛みを堪える色をしていたのは、どちらだったのか。
太公望の手がそっと動いて、楊ゼンの頭部を引き寄せる。

最初に唇が触れたのは、青年の額だった。
癒すように、いたわるように、あるいは悲しみを共にしようとするかのように薄い唇が、冷えた肌にそっと触れては離れる。
目元に、頬に、繰り返し触れて。
最後に唇をかすめた。

──唇が触れ合うのは初めてではなかった。
一番最初に出会った時、太公望から楊ゼンへ口移しで薬を与えたことがある。
けれど、今、与えようとしているものが何であるのか。
おそらくどちらにも分からないまま、二人はもう一度、唇を重ねる。

同情か、憐れみか。
痛みか、悲しみか。

その全てであるのか、あるいは、どれでもないのか。
かすかに表面が触れるだけの口接けを繰り返し、至近距離で互いの瞳の色をほんの刹那、覗き込む。
その楊ゼンの瞳が、ふと一人の男の目になっても。
太公望は何も言わないまま、静かに自分の目を閉じた。










「───・・・」

夜の静寂(しじま)に零れ落ちるのは、ぎりぎりまで抑えた乱れた吐息だけだった。
生命の温もりを求めるだけの行為に、嬌声など必要ない。むしろ、太公望という個でさえ不要の存在だった。
それが分かっているから、太公望は、ともすれば流されてしまいそうな全身を灼く熱の中で、ただ押し寄せる感情の波を受け止めることだけを考える。
もとより甘さなどない始まりだった。慣れない身体には、快楽よりも苦痛の方が遥かに大きい。
けれど、自己を殺すように喉から溢れようとする声を殺し、太公望は、ただ手を伸ばし、行為を妨げない程度にそっと青年の肩を抱きしめる。

「・・・・っ・・・く・・・・」

おそらくは慣れない行為に傷ついたのだろう。楊ゼンが動く度に引き連れるような痛みが生まれたが、苦痛に吐息が震えていることすら、楊ゼンに気付かれたくはなかった。
『太公望』という個に気付けば、彼は独りではない世界へと引き戻らざるを得ない。今夜だけは、彼を彼だけの世界に居させてやりたかった。



───祖父が死んだのは、今から数年も昔。
生まれた時、既に父もなく、十になるかならないかで母も見送り、祖父が残された唯一の肉親だった。
あの頃、まだ十代半ばの年齢ゆえに、極力『太公望』としての正体を晒さないようにしていたから、取り違えられたのは仕方のない事故だったのかもしれない。
しかし、結果的に祖父は冷たい路上で命を終え、自分は生き延びた。

その後、祖父を殺した者や、その黒幕を探ろうとしなかったのは、それが判明したところでどれほど意味があるか、分からなかったからだった。
その相手を殺せば、復讐を果たしたことになるのか。祖父の無念が晴らせるのか。
自分の気持ちが収まるのか。
答えは、否だった。
憎い気持ちもある。恨む気持ちもある。
けれど、相手の勘違いゆえに拾った自分の命も、結局のところは、その時点から十年に満たず尽きる。
そう思うと、あまりにも虚しく、祖父が死に、自分が生き延びた現実を従容として受け入れるしかなかった。

そうして月日が過ぎて、祖父が死んでから今まで、一度も泣いたことはない。
自分の身代わりになったのだと知った時は泣くことも出来ず、また傍に居て、泣いてもいいと言ってくれる存在すらなかった。
一人きりになった心細さに誰かにすがりつきたいと思っても、自分の傍には誰も居なかったのだ。
結局、自分は泣けず、泣かないことを選択してここまで来た。
だからこそ。

───彼には自分と同じ道をたどって欲しくはなかった。

泣けるのなら、泣けばいい。
すがれるものがあるのなら、すがればいい。

決して、それは無様ではない。
負けではないのだ。



「・・・・っ・・・ふ・・・」

名前を呼ぶことも呼ばれることも拒絶したまま、おののくように震えている両手を、それでも精一杯に伸ばして青年の背に回す。
甘さなどかけらもない、哀しいばかりの行為であっても、手のひらに触れる彼の肌は確かに温かかった。

「────っ・・!!」

激しくなるばかりだったその最後、一際強く大きく腰を打ち付けられて、生じた衝撃に息が詰まる。
けれど、押し寄せていた波はそれきり静まり、互いの乱れた呼吸だけが小さく室内に響いて。
痛みと入れ代わりに訪れた脱力感に目を開けていることが出来ず、そのまま青年の重みを感じていると、言葉にしがたい感覚とともに彼が離れていくのを感じた。

こちらを気遣ったのだろうか、青年の手が額に張り付いた前髪を、そっとかき上げる。
ひどく優しいその感触に、

「・・・・たとえ・・・・あと二年に満たない命でも・・・・」

半ば無意識に言葉が零れ落ちてゆく。

「わしは、おぬしを・・・・・」

「師叔・・・・?」

名を呼ばれたような気がしたが、もう答えることは出来なくて。
そのまま意識は、急速に闇に沈んだ。










怒涛の展開はどこまで続く。
とりあえず、まだ当分続く。

このサイトのシリーズ作品に『平穏無事』という単語は存在しませんので、あしからず。


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