#025:のどあめ
「ま、待って下さい、アポの無い方は・・・・!」
「へーきへーき。それより僕を追い返した方がクビ切りものだよ」
「そういう問題ではなくて・・・・! せめてお名前くらい・・・・!」
「いいからいいから。あ、ここだね」
「あ、お客様・・・!」
「望ちゃーん、いるんでしょー? 美味しいケーキ買ってきたから、お茶しよーよー」
ドアに向かって叫んで、待つこと5秒。
おもむろに、がちゃりと重厚な造りのドアが開いて。
「───おぬしは、うちの受付嬢をいびりに来たのか? この小姑が」
「やっほー望ちゃん。会長代理職、頑張ってる?」
かたや苦虫を噛み潰したような顔、かたや満面の笑顔で向かい合って。
こうして幼馴染は、十数日振りの再会を果たしたのだった。
「はー。やっぱりアッシェドールのケーキは最高だよね。わざわざ電車乗って買いに行った甲斐があったなぁ」
「・・・・・そうかい。それは良かったのう」
「あー、きっちり平らげといて、その台詞はないんじゃないの。ちゃんと感謝してよ」
「はいはい、アリガトウゴザイマス神サマ仏サマ普賢サマ」
「全っ然、誠意が感じられないんだけど」
「そーですか?」
ぞんざいな溜息まじりに、太公望はずるりと応接セットのソファーに崩れる。
布張りの豪奢な椅子は本物の北欧製アンティークであり、精緻な細工を施した見かけよりも案外、頑丈に作られているから、多少、所有者が乱雑な扱いをしてもびくともしない。
それを良いことに、太公望はソファーの製作者が見たら泣き出しそうなほど怠惰な姿勢でソファーに伸び、招かれざる客人を見やった。
「で? 何をしに来たのだ、おぬしは」
「何をって・・・・。すっごく美味しいケーキ買ってきたんだけど?」
きょとんと小首をかしげる仕草は、実に無邪気に見える。
が、そんなことに騙されるには、太公望は付き合いの年季が入りすぎていた。
「普賢〜〜」
「何?」
「おぬし、わしが死ぬほど忙しいことを分かっておって、どうしてこういうことをしに来る?」
「分かってるからでしょ、そんなの」
すまして答え、普賢は一口、茶をすすった。
「だって望ちゃん、誰かが茶々を入れないとノンストップで働いちゃうじゃない。今だって何なのさ、そのメガネ」
「・・・・ああ、これか」
言われて、太公望は応接セットのテーブルの片端に置いた縁なしのメガネを、指先でつんと弾く。
「ちょっと最近、視力が落ちておってな。目医者には仮性近視と言われたんだが・・・・」
「そのまま真性になりそうだよね、望ちゃんのことだから」
「・・・・まぁのう」
どうしても書類は読まざるを得ないし、端末のモニターも見ざるを得ないし、と軽い溜息を零した太公望に、普賢は飽きれたまなざしを向ける。
「望ちゃんてさ、昔から他人に仕事を任せるのが下手だよね。何でもかんでも自分で見ないと、気がすまないんだ」
「そうは言うが、それが一番速いんだし」
「望ちゃんはね、他人に期待しすぎ。自分と同じくらい仕事が出来る人間なんて滅多に居ないんだと割り切って、他人に仕事を割り振らなきゃ。それぞれの書類を読むスピードが多少遅くたって、全体から見れば、その方が効率よく回るはずだよ。他人の仕事のペースに、いちいち苛ついててどうするの?」
「・・・・・理屈では分かっておるんだがのう」
「分かってても結局、全部自分で見ないと安心できないんでしょ。大胆なくせに実は小心者の完璧主義なんだから」
「悪かったのう」
言いたい放題に言われて、さすがに太公望もふてくされたようにそっぽを向く。
が、沈黙していても時間の無駄にしかならないと思ったのか、30秒も経たないうちに再び、友人へと顔を向けた。
「それで? 用はそれだけか?」
「まさか」
素っ気無い問いかけを、それ以上に短い単語で即答されて、太公望は眉をしかめる。
しかし普賢は気にする様子もなく、続けた。
「それだけじゃ、いくら僕が暇人でも、仕事熱心な受付嬢を無視してまで会長室に乗り込んだりしないよ」
「・・・・そうかのう」
「そうなの」
「───で?」
「決まってるじゃない。ワンころがね、うるさいから飼い主に苦情を言いに来たんだよ」
「─────」
「ちょっとくらい飼い主の姿が見えないくらいで、ワンワンワンワン。どーにかなんないの、あの大型犬」
「・・・・・・・・具体的に人間の言葉で言うと?」
「最近、見かけないんですけど、どうしたんでしょうね。マンションも留守みたいですし、だって。のんきなものだよね」
「───・・・」
あまりといえばあまりな普賢の言いざまに、しかし、そればかりが理由でもなく太公望は表情を渋くする。
「僕も、さあね、って答えておいたけどさ。望ちゃんの秘密主義にはいい加減慣れてるけど、こっちまで火花を飛ばさないでくれると嬉しいな」
「・・・・・おぬしは本当に、あやつが嫌いだな」
「望ちゃんみたいにゲテモノ好きじゃないからね。どうせなら、もっと利口で甲斐性あるのを選ぶよ、僕は」
「・・・・別に選んだ覚えはないが」
「でも懐いてるのは、誰が見たって一目瞭然でしょ。すました顔してても望ちゃんには尻尾をぶんぶん振ってるし、望ちゃんも何のかんの言いながら本気じゃ嫌がってないし」
「・・・・・・・・・」
何だか非常に不本意だ、とは顔に書いたものの、適確な反論が見つからず、太公望は溜息をつく。
「──おぬしの言いざまはともかく、今回のことはあやつが気付くまで教える気はないよ。この問題に関しては、あやつは五歳のガキのままだからのう。到底、冷静に対処することなどできるまい」
「そうだろうね。きっと、ゆでダコみたいになって怒るよ。あの女性(ひと)が望ちゃんのとこにちょっかい出してるって知ったらさ」
「・・・・つーか、そもそも、どうしておぬしがそれを知っておるのだ」
「蛇の道は蛇にょろりでしょ」
「・・・・・・・」
もはやすべてを反論する気力を奪われて、太公望は深く溜息をつきながら、ソファーに崩れていた体を立て直した。
「とにかくだ。しばらくの間、犬の吠え声は無視しておいてくれ。いずれ事が落ち着いたら、穴埋めはする」
「了解。望ちゃんの頼みじゃね、仕方ないからいいよ」
「すまぬ」
「いいってば。ちゃんと相応のものはもらうからさ」
「・・・・その性格さえなければ、おぬしは本当にいい奴なのだがな」
「何言ってんの。この性格じゃなけりゃ、望ちゃんみたいなのと友達なんかやってないよ」
あっさりと笑い飛ばして、普賢は、よっこらしょと立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ帰るよ。僕も色々忙しいんだ」
「うむ。・・・・普賢」
「何?」
「今日のケーキは美味かった。また買ってきてくれ」
「了解」
にっこりと笑って、それから普賢は自分のセカンドバッグを手に取り、中をごそごそと探る。
そして、何か小さなものを、ぽんと太公望に向かって放った。
反射的にそれを受け止めて、太公望は目をまばたかせる。
「のど飴?」
「一日中、空調の中にいるせいじゃない? 少し声がおかしいから、あげる」
「・・・・・」
「じゃあね、望ちゃん。あんまり無理しちゃダメだよ」
「・・・・うむ」
かなわぬな、と苦笑して、手を振って会長室を出て行く友人に、手を振り返して。
そして、残された小さな花梨風味の飴一つをしばし見つめてから、無色透明のセロファンを開き、口に放り込む。
「さて、またやるかのう」
心地好い甘さの飴玉を口の中で転がしながら、再びメガネを取り上げて。
山のように書類とデータの積み上げられた執務卓へと、太公望は戻った。
久しぶりの普賢ちゃん登場。
もともと普賢のキャラは好きですが、とりわけこのOnly youの普賢と太公望の友人関係は書いていて楽しいです。
普賢が楊ゼンを好きではないのは、結局のところ、楊ゼンが太公望に甘えているからでしょう。
太公望が大事な友人だからこそ、楊ゼンの無意識の甘えに腹が立つんだと思います。
NEXT 081>>
<< PREV 060
小説リストに戻る >>
100のお題に戻る >>