冬物語 〜11. 蜜柑〜
新年の城下は、年の暮れに比べると幾分、落ち着いていた。
市場も人出が多いのには変わらないが、年越し準備の頃のようにごったがえしてはいない。
そのことを少しだけ寂しいような、面白く感じるような気分で、カナンは大通りを歩いていた。
その声に気付いたのは、通りの半ばくらいまで歩いた頃。
聞き覚えのある声だ、とまなざしを向けた先に、見覚えのある背中を見つけた。
好奇心に引かれるまま、近寄ってみると。
「だから、一番美味そうな蜜柑が欲しいんだよ」
「どれも一緒だと思うけどねえ。同じところから仕入れてるんだし」
「それじゃ駄目なんだ」
睨みつけるように蜜柑の山を見回し、一つ一つ手に取って形や色艶を確かめている男に、八百屋のおばちゃんは呆れ顔を隠そうともしない。
こっそり苦笑して、カナンは更に近付き、声をかけた。
「ゴロー、今日はどうしたんだ?」
「お?」
蜜柑の品定めに夢中になっていた男は、名を呼ばれて驚いたように振り返る。
が、カナンの姿を認めた途端、親しみをこめた笑顔になった。
「あんたか・・・・って、今日は一人なのか?」
「ああ。それより蜜柑がどうしたんだ? 新しいテーマなのか?」
「そうなんだ」
よく聞いてくれました、とばかりに火襷ゴローはカナンに向き直る。
「カイラバ画伯からの新しい注文が、蜜柑が最も映える器なんだよ。このオレンジ色と、丸い形が一番くっきり、綺麗に見える器。それを作るためには当然、一番見た目が良くて美味そうな蜜柑が必要なんだ」
「なるほど・・・・で、お眼鏡にかなう蜜柑はあったのか?」
ちらりと蜜柑の山を横目で見ながらカナンが問い返すと、ゴローはゆるく首を横に振った。
「それが、なかなかでなぁ。──あ、もし暇なら手伝ってくれないか? なにせこんな蜜柑の山が相手だ。切りがなくてな」
「構わないが・・・・どんな蜜柑がいい蜜柑なのか、僕には分からないぞ」
「とりあえず、傷がなくて綺麗な形をしている奴を俺に渡してくれ。そうしたら、俺が見て判断するから」
「なるほど、それなら僕にもできそうだな。分かった」
うなずき、カナンはゴローと並んで蜜柑の山に向かう。
そんな二人を、八百屋のおばちゃんはあきれ返った顔で見ていた。
「うーん。どう見ても甲乙つけがたいな」
「これとこれとこれ・・・・。選りに選った蜜柑だからな。──よし!」
「どれか決めたのか?」
「いや、3つとも買うことにした。器に載せる蜜柑が1つでなければいかんということはないからな」
「ああ、確かに。蜜柑は籠に山盛りになっているのが普通という気もする」
「だろう?」
ゴローは頷き、背筋を伸ばして八百屋のおばちゃんを呼んだ。
「長々と店先ですまなかったな。この3つと、あと別に1籠分の蜜柑を頼む」
「あいよ。──まったく物好きな兄さんたちだねえ。蜜柑一つにそんなにこだわるなんて」
「たかが蜜柑、されど蜜柑。この蜜柑たちは偉大なる芸術の素材になるんだぜ。じゃ、これがお代だ」
「まいどあり」
苦笑を浮かべた八百屋のおばちゃんに小銭を払うと、ゴローはカナンに向き直る。
「そら、手を出しな」
「え?」
「ほい、手伝ってもらった礼だ」
どさり、とゴローは1籠分の蜜柑の入った袋をカナンの手に渡した。
「ゴロー?」
「現物支給で悪いけどな、この蜜柑は美味いと思うぜ」
にやりと笑う男くさい容貌を見上げ、カナンは手の中の蜜柑に目線を落とす。
それから、にこりと笑んだ。
「ありがたくいただこう。僕が手助けになったのなら良かった」
「十分、助かったよ。蜜柑を選ぶだけで日が暮れるところだったんだからな。じゃあ、俺はこれで帰るから・・・・お、そっちも迎えが来たみたいだな」
「え?」
迎え、という言葉に振り返ると同時に。
「カナン様っ!!」
聞き慣れた声に名前を呼ばれた。
「早かったな」
「早かったな、じゃありません! どうして毎度毎度、私の目を盗んで飛び出して行かれるんですか!?」
「なんだ、やっぱりこっちのにーさんを置いてきたのか」
「うむ。こっそり出てきたつもりなんだが・・・・」
「え、あ、ゴローさんでしたか」
カナンのすぐ後ろにいる人物が、顔見知りの相手と気付いてセレストは慌てた顔になる。
そんな青年を見て、ゴローは気安い笑顔を浮かべた。
「こっそり出てきたのはどうかと思うが、あんまり叱らないでやってくれよ。俺を手伝ってくれたんだからな」
「え? カナン様がですか?」
「他に誰がいる?」
「細かい話はこっちから聞いてくれ。俺も暇じゃないからな。──あんたも、あんまりそっちのにーさんを困らせるなよ」
「僕が困らせてるんじゃなくて、セレストが勝手に困ってるんだ。またそのうち工房を尋ねてもいいか、ゴロー?」
「ああ。しばらくは忙しくなるから、あまり相手はできないと思うけどな」
「分かった」
片手を上げて立ち去ってゆく背中を少しだけ見送ると、カナンはセレストを振り返った。
「カ・・・・」
「帰るぞ、セレスト」
セレストが何かを言う前にカナンはそう告げて、さっさと歩き出す。
慌ててセレストはその後を追った。
「カナン様、一体何が・・・・」
「別に大したことじゃない。あそこでゴローを見かけて、ちょっと手伝いをしただけだ」
「手伝いとは・・・・」
「これだ」
カナンは抱えていた袋と、斜め後ろを歩くセレストに押し付ける。
反射的に手を出して受け取ったセレストは、その中身を覗き込んで、更に不思議そうな顔になった。
「蜜柑ですか?」
「うん。つまり、カイラバ画伯に頼まれた新しい題材が、蜜柑に合う器らしい。そのために、一番見た目が良くて美味しそうな蜜柑をゴローは探していたんだ」
「なるほど。それで、その蜜柑を探すお手伝いをカナン様がなさったということですか?」
「そうだ。で、この蜜柑は手伝いの報酬にもらった」
「報酬、ですか」
「うん。きっと美味いぞ。芸術家のお墨付きの蜜柑だ」
笑って、カナンはセレストを振り返る。
「城に帰ったら、早速食べよう。お前にもおすそ分けしてやるから」
「それは感謝しますが・・・・・カナン様、無断でお忍びに行かれたことに付いては、まだ言い訳を聞かせていただいておりませんよ」
「賄賂をやると言っているんだ。今回は見逃せ」
「そういうわけには参りません!」
言い合う二人の足元を、木枯らしが小さく吹き抜けていった。
ゴローさんも初書き。
こういう男の人キャラ、好きです。割合フツーの人なので、書くのは、ちと難しいですが。
Lv2ではカイラバ画伯がいよいよ御登場のようですが、ゴローさんの出番はあるのかな。
予告見てる限りじゃ、どうも居なさそうな気が・・・・・。
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