冬物語 〜7. 大掃除〜
「セレスト様、カナン様のお部屋に行かれるのですか?」
「ええ、そうですが」
「でしたら、申し訳ありませんが、これを持っていっていただけませんか」
快く頷いたセレストに手渡されたのは、一抱えほどの大きさの木箱だった。
「何だ、それは」
いつも通りにノックして入室したセレストは、予想通りのカナンの第一声に微苦笑しながら答える。
「先程、侍女のエレミアさんからお預かりしたんですよ。第一倉庫の大掃除をしていたら出て来た物だそうです」
「ふうん。だが、何故・・・って、ああっ!」
「カナン様?」
突然、大声を上げた主君に、何事かとセレストはカナンを見やる。
が、そんな従者の視線に構わず、ソファーから立ち上がったカナンはセレストが抱えている木箱に駆け寄った。
「ちょっと見せてみろ」
そして、箱の側面を確かめるように指先で触れる。
「カナン・ルーキウス・・・・間違いない、僕の宝箱だ!」
「やはりカナン様のものでしたか」
嬉しげな歓声を上げたカナンに、セレストは微笑む。
そして、カナンを部屋の奥に誘いながら、運んできた木箱をテーブルの上に置いた。
「こちらに子供の字でカナン様のお名前が書かれていましたから、カナン様の私物なのだろうとエレミアさんたちは判断されて、私に渡されたんですよ」
「そうなのか。でも、第一倉庫の一体どこにあったんだ?」
城内の第一倉庫には、国王一家の私物も数多く収蔵されている。
その中にカナンの子供の頃の物があるのは、不思議でも何でもない。
が、四六時中、倉庫に出入りして、大体の収蔵品の配置を把握しているカナンとしては、この木箱がどこに置いてあったのか、それが疑問であるらしい。
「カナン様のお小さい頃の服をしまった、衣装箱の中から出てきたそうです」
「衣装箱・・・・? 言われてみれば昔、そんなところに隠した気もするが・・・・僕の気付かない間に、倉庫に衣装箱ごと持っていかれてしまったということなのかな」
首をかしげるカナンに微笑みながら、セレストは自分が運んできた木箱にまなざしを向けた。
木箱自体は古いものらしく小さな傷が全体に付いているが、材質自体は上等で、特に装飾もないが造りはしっかりしている。
ちょっとやそっとでは壊れそうもない、頑丈そうな箱だった。
「それでカナン様、さきほど宝箱とおっしゃいましたが・・・・」
「ああ。これは僕の子供の頃の宝箱だったんだ。ちゃんと鍵もあるぞ」
答えて、カナンは勉強用の卓の方へと歩いてゆき、引き出しを開けて、そこから小さな鍵を取り出す。
「鍵だけはあっても、宝箱自体がどこに行ってしまったのか分からなくてな。ずっと気になってたんだ」
言いながら戻ってきたカナンは、手にした鍵を木箱の鍵穴に差し込んだ。
かちん、と小さな音を立てて簡単にそれは開き、それからカナンは、悪戯っぽい瞳で傍らのセレストを見上げる。
「中、見たいか?」
「それは・・・・気になります」
素直に答えたセレストに、ふふ、と笑うと、
「じゃあ、見せてやろう」
カナンは、ゆっくりと宝箱の蓋を開けた。
宝箱の中身は、本当に『子供の宝箱』だった。
一見しただけでは、ただガラクタが詰まっているだけのように見える。
が、一つ一つを見ると、それぞれが何であるか、セレストには朧気ながら分かってきた。
「カナン様、これって・・・・」
「あ、さすがに目ざといな」
セレストが指差したものを、カナンは宝箱の中から取り出す。
両手に収まるくらいの大きさのそれは、実に丸いシルエットをしていて。
「お前が初めて僕にくれた、木彫りのひよこだ」
「ど、どうしてそんなものがここに・・・・!?」
「宝箱なんだから、当たり前じゃないか」
大昔の作品を見せられて狼狽するセレストに、さらりと言い放ち、カナンはそれを大切そうにテーブルに置く。
そして、次から次に箱の中身を取り出し始めた。
「兄上が外国で買ってきて下さった万華鏡、お前が学校の遠足に行って拾ってきてくれたドングリ、お前がくれた綺麗な貝殻の標本、姉上が初めて作って下さった手編みのミトン手袋、お前が作った木彫りのカエル、お前が読んでくれたルーシャス様の絵本・・・ってこんな所にあったのか! 失くしたと思って、わざわざ新しく買い直してもらったんだぞ。
それから、お前が摘んできてくれた綺麗な花で作った押し花の栞、兄上が外交でお出かけになった時に下さった絵葉書、姉上が作って下さった本のカバー、それからお前が作ってくれたカービングの作品が・・・・こんなにも沢山!」
喜々として宝箱の中身をテーブルに並べられ、セレストは自分の顔に血が上るのを感じる。
「あの・・・・カナン様・・・・」
「うん? 何だ?」
「なんだか・・・・・私絡みのものが、すごく多い気がするんですけど・・・・・」
「当たり前だろう」
けろりと、カナンは断言した。
「僕の子供の頃の宝物なんだぞ」
「ですが・・・・」
どう反応したものかと言葉を探しあぐねるセレストの赤くなった顔を見やって、カナンは微笑んだ。
「仕方がないじゃないか。今もだけど、あの頃は本当にお前しかいなかったんだ。僕の世界は狭くて、僕が知っているのは父上と母上と兄上と姉上と、城に使えている人々を除いたら、あとはお前だけだった。そういうお前がくれたものなら、どれもこれも宝物になって当然だろう?」
「・・・・・かもしれませんけど・・・・しかし・・・・」
「そう照れることはないじゃないか」
くすりと笑って、カナンはセレストの頬に口接ける。
「カナン様」
「こういう好きになったのは最近だけど、僕にとってお前は、ずっと特別だったんだからな」
「・・・・・・・・」
率直過ぎる言葉に何と答えればいいのか分からず、セレストはうろたえたまま、テーブルの上に並んだカナンの宝物を見やった。
どれもこれも子供らしい、他愛ないものばかりだが、すべて見覚えがある。
拙いカービングの作品も、森で拾ったドングリも。
今から見れば本当につまらないものなのに、幼かったカナンは目を輝かせて喜んでくれた。
一番最初の木彫りのひよこも、随分と長い間、ベッドの枕元に飾ってあったはずだ。
「私も・・・・覚えてますよ」
「え?」
「これらを差し上げた時の、あなたの嬉しそうなお顔を・・・・」
セレストは目線を戻し、カナンの瞳を見つめる。
夏の空よりもなお青い、鮮やかな瞳はあの頃と変わらず、真っ直ぐにセレストを見上げてくる。
そのことが、ひどく愛おしかった。
「あなたは王家のお生まれで・・・・綺麗な玩具も沢山お持ちだったのに、私などの差し上げる小さな物をとても喜んで下さって・・・・。それが嬉しかったから、私もこれらを性懲りもなく、あなたに何度も差し上げたんです」
「・・・・・うん」
小さく微笑んで頷き、カナンはセレストの背に腕を回す。
昼日中にそうすることには多少のためらいがあったが、それでもセレストは華奢な体を抱きしめた。
「前にも言っただろう? お前のしてくれることや、くれることなら僕は何でもいいんだ」
「・・・・はい」
自分もカナン様のして下さることなら何でも、と答えられないのが辛いところだと、内心苦笑しながらもセレストは応じる。
そのまましばらくの間、思い出の小さな宝物たちに囲まれ、二人は静かに寄り添っていた。
比較的、まともなラブ甘ですね。
カナンの宝物はセレスト、セレストの宝物はカナン。
完璧な両想いなのに、なかなか甘くならないのはキャラのせいか、書き手のせいか。
謎を残しつつ、待て次回。
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