冬物語 〜5. ストーブ〜











パチ、と薪のはぜる音が響く。
今日も粉雪の舞い散る窓の外の風景になど素知らぬ顔で、暖炉の火は軽やかに燃え上がっている。

「カナン様、お茶のお代わりはいかがですか?」
「うん、もらう」

答えてカップ&ソーサーを軽く押しやると、セレストはそれを自分の手元に引き寄せ、二杯目の茶を注いだ。
今日の茶は、とびきり香りのいい茶葉をベースにしたブレンドだったから、ミルクはなしで砂糖を少しだけ入れる。
そうしながら、彼がちらりと向けた視線には気付かないふりをした。

「どうぞ」
「ありがとう」

礼を言って受け取り、一口含む。
途端に広がる、花にも果実にも似た香りが嬉しい。
他の誰がどう言おうと、茶だけはセレストが入れたものが一番美味い、と素直に思う。
そしてまた、卓上に広げた本に目線を落とす。

午前中に、セレストと城内の図書館に行って選んできた本は5冊。
そのうち2冊はもう読み終わり、今は3冊目だ。
いつもの冒険譚よりも少し内容の堅い、昔の探検家の世界周遊記は以前にも目を通したことがあるが、何度読んでも面白くて飽きない。

そんな自分の傍らで、セレストもまた、彼自身が借りた本のページを繰っていた。
今日は部屋で1日、読書をするからと半ば強引に選ばせたものだが、しかし、だからといってセレストが本が嫌いとか苦手というわけではないことは知っている。
武人の彼は勿論、読書よりも体を動かすことを好んでいるし、決して多読ではない。
が、母親のセリカが、彼や妹のシェリルが小さかった頃、よく絵本や童話を読んでくれた記憶が影響しているらしく、いわゆる名作全集などは一通り、学校時代に目を通しているのだ。

しかし、外で遊ぶことも好きだった彼が学校の図書館にも通っていたのは、あるいは幼児期から本が好きだった自分のため、ということもあったのかもしれない。
小さかった頃・・・・今もだが、読んだ本のことをセレストに話し、彼が「私はこう思いました」とか「私もその台詞が好きですよ」と答えてくれるのが、本当に嬉しくて楽しかったのは事実で、それは勿論、セレストも承知していたはずなのである。

「・・・・お前は、僕に甘いよなー」
「は?」

呟くと、突然何を、という顔でセレストはこちらを見た。

「何ですか?」
「いや。単に事実確認をしてみただけだ」
「はあ・・・」

生真面目で絶対に譲らない部分もないわけではないが、自分が願ったこと、あるいは喜ぶことの8割くらいは、セレストは叶えようとする。
それが多少・・・・かなりの無茶であっても。
最後の最後には折れて、甘やかしてくれてしまう。

「あの・・・・カナン様、どうかなさったのですか?」
「いいや。どうもしない」

それよりも、と続ける。

「むしろ、お前の方がさっきから何か言いたそうなんだが」
「え? そ、そうですか?」
「うん」

図星だったのだろう。
小さくうろたえるセレストに、本当に腹芸のできない奴だと、ほんの少しだけ呆れる。
もちろん、そういう所がいいのであって、狡猾で平気で嘘をつくセレストなんて、天地がさかさまになっても有り得ないし、好きになるはずもなかった。

「で? 何なんだ?」
「え・・・と・・・、そう聞かれましても・・・・」
「僕が大人しくしてるのが、そんなに不思議か?」
「!」

なんて分かりやすい奴なのか。
万が一、セレストが浮気をしたり心変わりしたとしても、きっと即座に自分は見抜けるに違いない。
そう思いながら、言葉を続ける。

「この数日、出歩いてばかりだったから、少し大人しくしていようかと思っただけなんだが・・・・物足りないと言うのなら即、城下にお忍びに行くぞ?」
「それはやめて下さい!!」
「うん、やめておく。今日は、だけどな」
「今日だけではなく、明日も明後日も、その先もずっとです!」
「それは聞かない」
「カナン様!」

名を呼ぶセレストに素知らぬ顔をして、カップを取り上げ、半分ほど残っていた茶を飲み干す。
そして、改めて彼の翠緑色の瞳を見つめた。

「聞かないけどな、今日は一日、部屋にいるからお前も楽にしていればいい」
「・・・・・そういうわけには参りませんよ」
「いいじゃないか。たまには、のんびりするのも悪くないだろう?」
「悪いとは申し上げませんが・・・・」

私としてはたまにはでなく、毎日平穏無事であって欲しいんですが、という小市民的な呟きは無視して。

「それでだ、セレスト」
「はい?」
「お忍びの大好きな僕が丸一日、大人しくしている御褒美はないのか?」

にっこりと笑いかけると。
こちらの意図を汲み取ったらしく、セレストは再びうろたえた顔になった。

「え・・・と、今、ここでですか?」
「御褒美をくれないのなら、今すぐ城を脱出するが?」
「・・・・・その脅し方は卑怯です」

なんとも言いがたい表情で、溜息をついて。
セレストは立ち上がる。
そして。

「───・・・っ」

ごく軽く触れるだけで離れていこうとした唇を許さずに、近衛騎士の制服の襟元を両手で掴んで引き寄せる。
一瞬ためらい、それでもこちらの首筋を温かな手で支えるようにして、深く触れてきてくれたことがひどく嬉しくて。
優しい口接けの後、ゆっくりと離れて、綺麗な翠緑の瞳を至近距離から見つめた。

「・・・今日は一日、出歩かないと約束するから」
「はい」
「だから、今夜はお前がここに来るんだぞ?」
「は・・・い!?」

目を見開いて、素っ頓狂な声を上げたセレストにはもう構わず、襟元から手を離して、卓上の世界周遊記へと興味を戻す。
相変わらず、暖炉の火は赤く燃えて、薪のはぜる香ばしい音が小さく響き。
年の暮れの一日は、静かに過ぎようとしていた。

















冬物語第5弾。
・・・・・・なんだかカナン様に思いっきりノロケられた気が。
どこまでいっても、我が家のカナン様は、誘い受の襲い受らしいです(-_-;)



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