- the wolrd of you want to -










 性質(たち)の悪い偶然だった。

 久しぶりに訪れたイーストシティではあるが、列車から降り立った瞬間、広いホームにも改札口にも青い軍服が幾つも見え隠れしているのを見て、エドワードは露骨に眉をしかめた。隣りにいたアルフォンスも、表情を変えることができていたら、まったく同じようにしただろう。
 この国は兎角、どこであろうと軍人を見かけずに済むことはない軍事国家ではあるが、しかし、常にない人数の青い制服姿は、それは好ましからざる事態が起きていることを現している。

「……司令部に顔出すの、やめるか」
「え? だって兄さん、報告書を出しに来たんでしょ? 前回の提出から、もう2ヶ月以上経っちゃってるし、行かないとまずいんじゃない」

 それに、とアルフォンスは考えるような口調で続けた。

「何が起きてるのか、僕は気になるよ。兄さんはならない?」
「……厄介事に巻き込まれるのはゴメンだ」
「普段は、自分が厄介事の大親友のくせに」
「誰が大親友か!?」
「兄さんが」
「お前だって俺に劣らず、色んなもの拾ってくるだろうが!」

 ホームのど真ん中で立ち止まったままでは人々の邪魔になるため、ゆっくりと改札方向に向かって移動しながら、エドワードは隣の弟をきつい目で睨む。
 が、気にする様子もなく、アルフォンスは改札口の向こう、まだ遠く見えるイーストシティの町並みへと視線を向けた。

「とにかくさ、行こうよ。僕だって事件に巻き込まれるのは嫌だけど、何か起きてるのは確かだし、僕たちが役に立てることがあるかもしれないし」
「誰の役に立つってんだよ、誰の。俺は嫌だぞ、大佐の手助けなんざ」
「何言ってるの、さんざんお世話になってるくせに。たまにはお返ししても、罰(ばち)は当たらないよ」
「何が世話だよ。関係ねーだろ、あんな奴」
「またそんなこと言って。知ってるよ、僕、兄さんが口で言うほど大佐のこと嫌いじゃないの」
「はぁ? 冗談じゃねえよ。なんで俺が、あんな野郎を好きにならなきゃなんねーんだ」
「……どうしてそんなに素直じゃないのかなー。兄弟の僕は、こんなに素直なのに」
「うるせぇぞ、アル。俺はいつだって素直で正直だろ」

 言いながらも、エドワードは少しばかり複雑な気分を噛み締める。
 素直じゃない、という弟の言葉は、少なくとも今現在においては、この上なく的を得ていた。
 イーストシティで何が起きているのか気にならないはずはなかったし、緊急配備されているらしい軍人たちを指揮しているはずの人物のことも、気にならないわけがない。
 ただ、それを素直に口に出すことには抵抗があったし、それ以上に、司令部に顔を出すことについて少しばかり複雑な気持ちもあって、あっさりとアルフォンスの言葉に賛同することは出来なかった。

(……二ヶ月半ぶり、か)

 ちらりとホームの向こうに見えるイーストシティの空を見やって、エドワードはかすかに眉をしかめる。


 ───What would you do, if I say I like you ?

 ───I say, I love you, too. 


 ここ半年ばかりに起きた一連の密かな出来事は、エドワードを苦しめはしたが、決して不幸に追いやるものではなかった。
 もう一人の当事者である黒髪の青年と自分が出した結論については、納得していたし、十分に満足もしており、それは嘘ではない。
 だが、それと人を恋うる心というのは、また別問題だった。

 想いを捨て去ることなく、互いに相手の面影を胸抱いたまま、それぞれの目標を目指す。
 交わることのない平行線のままであることを選ぶ代わりに、過酷な巡り合わせの中で生まれた、たった一つの恋を捨てずに済んだのは、確かに幸せだと断言できた。
 二人で選んだ未来図に、不満などあろうはずがない。
 しかし、平行線だろうが結ばれなかろうが、それでも恋は恋だった。
 遠く離れていれば会いたいと思うし、声を聞きたいと願ってしまう。
 そして、顔を合わせて声を聞けば、今度はもっと近くに行きたくなるのだ。
 決して叶うことがないと分かっているからこそ、その想いは、より甘美で切ない。
 それは自分ばかりでなく、彼もまた同じ想いでいることは、自分にだけ向けるその瞳を見れば分かったから、余計に切なかった。

 だからといって、この恋を捨て去ろうとはエドワードは思わなかった。
 また、青年がこの恋を捨てるとも思わなかった。
 その辺り、自分たちは似過ぎているのだ。
 あまりにも強情で一途過ぎるために、たとえ身を引き裂かれるような苦しみを味わうことになろうと、一度本気で好きになった相手を忘れることなど到底出来はしない。そういう確信を自分に対しても相手に対しても持っていたし、疑う気にもなれなかった。

 ただ、恋というものの厄介な所は、時が経てば経つほどに、想いは深くなってゆくのである。
 一年前、半年前と今を比べれば、断然、今の方が深い気持ちで彼を想っているとエドワードは断言できた。
 そもそもからして、素直ではない性格の自分がつい反発せずにはいられなかったほどに、嫌う要素のない相手なのだ。顔を合わせれば合わせるほど、会話を重ねれば重ねるほどに惹かれていってしまうのは、どうしようもないことだった。

(今日、また顔を合わせて、声聞いて。おまけに作戦中の姿なんか見たりしたら、もっと深みに嵌っちまうんだろうな……)

 エドワード自身、仕方のないことだと諦めてはいる。
 本来なら嫌悪してしかるべき、青年が持ち合わせている非情さや大量殺戮の戦歴すら、知った時に胸が痛みはしたものの嫌う要素にはならなかったのだ。
 そして確かめたことはなかったが、おそらくは青年の方も同じような心情を抱えていることだろう。
 つくづく、自分も彼も物好きだと思わずにはいられない。
 こんなにキツイ思いをしてまででも、叶うことのない恋を捨てられないどころか、捨てようという気さえ起こらないのだから。

 だが、切ないのだけはどうしようもなかったから、エドワードは時々、今みたいに悪足掻きをしてみるのだ。
 イーストシティに足を向けるのを渋ってみたり、司令部に顔を出すのをごねてみたり、彼を嫌っているような口ぶりで文句を言ってみたり。
 結局の所は、ささやかな憂さ晴らしだった。
 納得はしていても、ままならない現実が悔しくて、少しばかり悲しいから八つ当たりをしてみる。
 何も知らないアルフォンスからしてみれば、単に兄が天邪鬼で素直でないだけに思えるだろうが、一応、エドワードにとっては、どれもこれも意味のある悪足掻きだった。

「──仕方ねぇな。ここまで来ておいて、報告書を郵送にすんのも馬鹿馬鹿しいし」
「だったら最初っから、司令部に行くのやめるとか言わなきゃいいのに」
「何か言ったか、アル?」
「ううん。兄さんが素直じゃないっていうだけ」
「どこがだよ。素直じゃねえってのは、あのクソ大佐みたいな奴のことを言うんだよ」
「僕から見れば、二人ともそっくりだって。兄さんのは、ただの同属嫌悪」
「冗談言うな」
「本当だってばー」

 そんなこと、とっくに知ってるさ、と心の中で密かに毒づきながら、エドワードは改札口へと向かう。
 途中、エドワードとアルフォンスを見知っているらしい憲兵が、緊張の解けない表情で敬礼を送ってくるのを適当にいなしながら、久しぶりのイーストシティの空を見上げる。
 そして一つ、アルフォンスには分からない程度に小さな溜息をついて。
 エドワードは東方司令部へと歩き出した。











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