Love at the core 02

「こんなくらいでいいですか?」
「あ……、うん」
 トレイの上には、大きな丸いブールと、ハーフサイズのバゲットと、ナッツとチーズの入っている小さな固焼きパンと、ダークチェリーのデニッシュ、そして何故か、クリームパンが乗っていて。
「……クリームパン、好きなの?」
 つい感じたままにそう尋ねると、青年は少しばかり照れた顔になる。
「あー……、俺も甘いもん、好きなんで」
「そうなんだ」
「はい。似合わないって、よく言われるんすけどね」
「いいんじゃない? 好きなもの食べるのって幸せな気分だし」
 一人でカフェでケーキを頼むのも全く平気な臨也が、そう言葉を返すと。
 決して背の低くはない自分より上背のある、モデルか俳優のような外見の男。そんな男が、うっすら頬を染めつつ、恥ずかしげに、でも嬉しげに笑う。
 人並みの感性を持っている女性かバイの男が、これで恋に落ちなかったら嘘だった。
「じゃあ、これでいいですか」
「うん、ありがと」
 あー、どうしよう、とやけに足元がふわふわするのを感じながら、臨也はレジに向かう青年について店内を横切る。
 そして、大きくて綺麗な手がパンを包むのを、じっと見守った。
「……ねえ、君もパン職人なの?」
「はい。まだ三年目に入ったとこなんで、見習いみたいなもんすけど」
 三年、ということは高卒すぐに就職したのなら、臨也と同い年だ。それだけのことにちょっとだけ嬉しくなりながら、臨也は質問を重ねる。
「じゃあ、君が作ったパンもあるんだ?」
「あー、まあ。バゲットとかデニッシュとか難しいのは、まだ店に出せるレベルじゃないんすけど」
 俺はあまり覚えのいい方じゃないんで、と端整な顔立ちには不似合いな、不器用そうな表情を見せるのに、臨也の心臓はいよいよ騒ぐ。
 俺を萌え殺す気!?、と掴みかかりたくなるのを、ぐっとこらえながら、じゃあ、と質問を続けた。
「君が作ったやつ、どれ?」
 そう尋ねると。
 紙袋にパンを詰めていた青年の手が、ぴたりと止まった。
 なんで、と考えて、勘のいい臨也は、すぐにピンと来る。
「分かった! クリームパンだ!」
 両手をぱんと打ち合わせて、そう告げた途端。
 ───青年の顔が、かっと赤くなった。
「あー、図星だ」
 当たったのが嬉しいやら、赤くなるのが可愛いやら、そのクリームパンをさりげなくトレイに載せた辺りが、やっぱり嬉し可愛いやらで、もはや臨也の胸のときめきは、どうしようもないレベルにまで駆け上る。
「なんでそんなに恥ずかしがるんだよ。わざわざトレイに載せたんだから、自信作なんじゃないの?」
「……あ……いや、そりゃ不味いもんは店に出せねぇし、失敗作だとも思ってねぇけど……」
 勘弁してくれ、と真っ赤な顔で呻くのに、ああこれも新鮮だなぁ、と臨也は微笑む。
 丁寧な接客も好ましかったが、おそらく地であるのだろう少し乱暴な若者言葉も、また彼の少し悪っぽい精悍な外見に良く似合っている。
「あー。……不味かったらよ、文句言ってくれていいから……」
「うん。食べたら感想言いにくるよ」
「〜〜〜〜〜」
 にっこり笑って言えば、彼は更に困惑しきった顔になった。
 おそらく、面と向かって感想を言われるのは恥ずかしい方なのだろう。だが、来るなとも言えない。そういう葛藤が、まるっきり透けて見える。
 ああ彼は嘘がつけないタイプなんだな、と思いつつ、臨也は小首をかしげて、先程から気になっていたことを問いかけた。
「ねえ、君、なんて名前?」
「……は?」
「だから、名前。教えてよ」
「……平和島」
「下の名前は?」
「……静雄。静かにオスって字」
 食い下がれば、なんで、という顔をしつつも青年はフルネームを教えてくれて。
 そのことに臨也は、ひどく満足する。
 そして、恋に落ちた瞬間の衝撃を通り越して、いつもの自分の調子が戻ってきつつあるのを感じながら、にっこりと笑った。
「そう。平和島静雄さんね。俺は折原臨也。折れる原っぱに、臨海線の臨にナリで臨也。今日買ったパンが美味しかったら、これからも時々来るから覚えてね、シズちゃん」
「は……!?」
 シズちゃん、と咄嗟に思いついた呼び名で呼ぶと、彼は切れ長の目をまん丸にした。
「静雄だから、シズちゃん。ヘイワジマ、って長くて言いにくいじゃないか」
「だったら静雄でも……!」
「そんなん平凡だし、可愛くないから却下」
「かわ……っ!?」
 目を白黒させて絶句する青年──静雄に、臨也はにっこり微笑んでみせる。
 そして、レジに表示されていただけの金額を財布から取り出して、トレイの上に置いた。
「ほら、お会計してよ」
 催促してやれば、混乱の極地と言った風情でも彼はトレイの上に載った札と小銭を数え、レジの中に収める。
 そして、パンの詰まった紙袋を臨也に渡した。
「ほらよ」
「お客様には、ありがとうございましたまたおいで下さいませ、でしょ? 深夜のコンビニアルバイト店員じゃあるまいし、ずぼらは駄目だよ、シズちゃん」
「シズちゃんっつーな」
「駄目。もう決めたもん。シズちゃんはシズちゃん。あ、俺のことは好きに呼んでね。臨也でも臨也様でも臨也ちゃんでも」
 あ、ちゃんはさすがに寒いか、ととぼけて呟くと、目の前の彼は疲れ果てたように、大きな溜息をついた。
「もういい。さっさとそれ持って帰れ」
「だーからー」
「ありがとうございました。またおいで下さい。──これでいいだろ」
「──OK」
 上出来、と微笑んで、臨也はじゃあね、と右手を揚げる。
「また来るから」
「もう来んな」
 そんなぞんざいな言葉が背中めがけて飛んでくるのに、あはは、と笑いながら臨也は店を出る。
 カロン、とドアのカウベルが鳴るのを聞きつつ、店を出たところの路上で立ち止まり、そこで腕に抱えた紙袋を覗き込んだ。
 香ばしく焼けた小麦粉とバターの、幸福、としか形容のできない美味しそうな匂いが立ち昇る。否、匂いだけではなく、きっと味も最高だろう。よい素材を使って、上手に焼き上げなければ、こんな匂いにはならない。
「よし、今日はちゃんと夕飯作ろう」
 料理はできるのだが、面倒くさくて外食やテイクアウト、あるいはコンビニで済ませることも少なくない。だが、今日はパンに合う煮込み料理でも作ろう、と臨也は冷蔵庫の中身の検討を始める。
 そして、明日の朝は、大学に行く前にクリームパンの感想を伝えに行くのだ。
 きっと彼は、臨也を見た瞬間に嫌そうに眉をしかめるだろう。だが、美味しいと告げたら、きっとまた赤くなって嬉しがるに違いない。
「だから、美味しくなかったら許さないからね」
 不味い、と告げて怒らせるのも楽しそうだが、それはもう少し仲良くなってからだ。最初のうちは褒め殺しにしてやろう、と臨也はひそかに心に決めて、小さなパン屋を振り返る。
「じゃあね、シズちゃん。また明日」
 ガラス戸の向こうに見える人影に、そう声をかけて。
 臨也は弾むような足取りで、駅に向かって歩き出した。

End.

おろ様が考えて下さった、シズちゃん=パン職人なパラレルです。
本当はシズちゃんがパン職人を選んだ理由とかもあったのですが、今回は上手く入りませんでした。
リベンジの機会がありましたら、その時には……!

なお、タイトルは、製作BGMのアルバム名からいただきました。

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